01 ブッダとは、ブッダの生涯(1)

シリーズの最初は「ブッダとは」です。ブッダとはどういう人だったのかの学びです。

ブッダがどのような人だったのか、覚りを開くまでどうだったのか、亡くなったときはどうだったのかなど重要なポイントが書かれています。

ブッダの誕生から出家まで

ブッダ「目覚めた人」、姓はゴーダマで、名はシッダッタ(サンスクリット語ではシッダールタ)は、紀元前六世紀に北インドに生きた。

ブッダはもとはシッダールタという名前でした。私の最も好きな作家ですが、ヘルマン・ヘッセの小説に『シッダールタ』があります。

そして、ブッダは今から2600年前に生きていた人。なお、現在は紀元前400年前後とする研究もあります。

父スッドーダナは、シャーキャ国王(現在はネパール領内)の支配者であり、母の名はマーヤーといった。

当時のインドは、地域ごとに支配者がいる状態でしたが、シッダールタはシャーキャ国の王子でした。

そして、後に目覚めた人=仏陀、ブッダとなり、シャーキャ国=釈迦国のとついて釈迦牟尼、釈尊と呼ばれるようになりました。お釈迦様ですね。

母親マーヤの右脇から生まれて、生まれるととすぐに7歩あゆみ、右手を上に左手を下に向けて「天上天下唯我独尊」と言ったというお話もあります。

天上天下唯我独尊

母親のマーヤーはシッダールタの生後7日後に亡くなりました。

当時の慣習に従い、彼は十六歳という若さで、ヤショーダラという美しくて、気立ての優しい娘と結婚した。若い王子は、王宮のなかで何一つ不自由なく、恵まれた生活を送った。

婚姻は、日本も昔は武家や皇族はとても若く14歳前後でしていました。

それと「王宮のなかで」とありますが、ずっと王宮の中にいたということらしいです。

ブッダとそのダンマ

https://amzn.to/3JySgiC「ブッダとダンマ」(B.R.アンベードガル著)では、シッダールタは王を継ぐことや世俗的な興味がなくて

それを心配した父の王が美しい女性たちをたくさんはべらせたり、早々に婚姻させたりしたといういきさつが書かれています。

ブッダの出家

しかし突如として、人生の現実、人類の苦しみに直面し、その解決策-この普遍的苦しみから逃れる道-を見出そうと決心した。

一人息子ラーフラの誕生直後、彼は二十九歳で王国をあとにして、解決策をもとめて苦行者となった。

これには、有名な四門出遊の伝説がありますね。

王城の東西南北の四つの門から郊外に出掛け、それぞれの門の外で老人、病人、死者、修行者に出会い、人生の苦しみを目のあたりに見て苦諦に対する目を開き、出家を決意したという伝説

「ブッダは妻子を捨てた」という表現について

上記でブッダは「二十九歳で王国をあとにして」となっていますが、このことを「妻子を捨て」と表現しているのを見かけます。

仏教では「慈悲」が大切と言いますが、この言葉は当事者にとってどうでしょう。「慈悲」を大切にしていている人は配慮して使わないように思います。

また、インドでは跡取りは次の跡取りが誕生するまで出家しない決まりが当時も今もあり、ブッダはその決まりを守って出家しましたし

王族やバラモンの長子が出家することは、ブッダの十大弟子を出自をみてもわかりますが、特別なことではありませんし

ブッダの父親は出家してからのブッダをずっとサポートしていましたし、妻子は弟子になっています。

息子の名前は「悪魔」と意味だという論について

息子の名前は「ラーフラ」と言いますが、ラーフラは(精進、修行の)障害となるから「障害」、そして「悪魔」という意味だと説明されていることもあります。

しかし、ブッダの説いたことに近いと言われるパーリ語仏典を重視してきたテーラワーダ仏教、上座部仏教で

「ラーフラ」は、釈迦国で「竜の頭」という意味合いがあった言葉、つまり釈迦国の頭、跡取りという意味だったと説明されています。

出家後のブッダ、苦行時代

苦行者ゴーダマは、六年のあいだガンジス川(中)流域のあちこちに赴き、さまざまな師に会い、彼らの教えと方法を学び、厳しい苦行に励んだ。

追記させていただくと、この前に、サマタ瞑想という瞑想の当時最高の二人の仙人にサマタ瞑想を習っています。アーラーラ・カーラーマ仙人とウッダカ・ラーマプッタ仙人です。

仏教の瞑想は大別すると、サマタ瞑想とヴィパッサナー瞑想という瞑想で、サマタ瞑想は集中の瞑想です。

サマタ瞑想で、アーラーラ仙人は「無所有処」を得た、ウッダカ仙人は「非想非非想処定」を得た仙人で、と、こう説明していくと難しい話になってしまいますが

さらに参考までに書くと、瞑想に関して、『大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)』に、ブッダが弟子のアーナンダに次のように語ったと書いてあります。

アーナンダよ、瞑想法には八解脱の方法がある。

  • 一つ、色を思い浮かべて諸々の色を観察する。
  • 二つ、心の中の色という想いを消して、外界の色を観察する。
  • 三つ、清浄という想いにのみ専念する。
  • 四つ、諸々の色想を超越して、空間の無辺大を瞑想し虚空無辺処定に入る。
  • 五つ、虚空無辺処定を超えて識は無辺なりという識無辺処定に達する。
  • 六つ、識無辺処定を超えて何物もないと瞑想する無所有処定に達する。
  • 七つ、無所有処を超えて無想に近い非想非非想処定に入る。
  • 八つ、非想非非想処を超えて滅尽定に達する。

アーナンダよ、これが八解脱である。

ブッダは、二人の仙人の元でみるみる成果があり、二人の仙人が到達できていなかった最高位の第八段階の滅尽定に達しました。すごいですね。

さて、ブッダは最高位の段階まで到達しましたが、集中の瞑想・サマタ瞑想では、自分が探している人が苦しみから逃れる道を見出すことには足りない気づきました。

この点は、ブッダの瞑想者は大事です。集中の瞑想・サマタ瞑想では一時的な解脱までしかできないという点です。

そして、ブッダは苦行を始めました。

インドのヨーガ行者の苦行の難行さは知られているところですが、首だけ出して土の中に埋まって何日も過ごすなどの難行をブッダもしたようです…

しかし満足は得られなかった。それゆえに、彼はすべての伝統的な宗教とその修行方法を棄て、自らの道を歩み始めた。

ここで私が思うのは、ブッダはただ理屈でどうのこうのというのではなくて、自分で実践してみて、それでという人だったという点です。

サマタ瞑想もしっかり実践して、苦行もしっかり実践してみて、これではないと自ら知った。このあり方はブッダのあり方の基本で、仏教でのあり方の基本。

仏教は、仏道は、理屈だけでなく、実践するものというあり方です。

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