仏教で克服すべきことは「三毒」

仏教は苦しみから解放されるノウハウで、そのために三毒(さんどく)を克服していこうと言います。

三毒とは

三毒は根本的な三つの煩悩のことです。貪・瞋・癡(とん・じん・ち)で、煩悩を毒だというわけです。

貪(とん)は貪欲(とんよく)。むさぼること。必要以上に求める心です。

仏教というと、執着はいけない、と思われて、何でもかんでも求める心はだめだと思われていることがありますが、そうではなくて、貪ること、必要以上に求めることがいけない。

瞋(じん)は瞋恚(しんに)といい、一般的には怒りの心とされているけれど、実はもっと広い意味が元々はあって、そうとらえているといっそうノウハウとして役立ちます。

自分の心が嫌だと思う物事、状況、人を受け入れられない、変えたいという心です。

そう考えると、けっこうありませんか。

たとえば、私たちは、寒い、暑い、温度などでも、いやだぁ、いいぞぅ、もっとぅと、そのままではない状態を求める心が起きます。他者についてはさらにそうなったりします。

たとえば、ミャンマーで私が取組んだブッダの瞑想では、坐る瞑想、歩く瞑想をしているとき以外も、自分の体、心に、眠っているとき以外は一日中気づきつづけるのですが

そうしていると、自分の心に、感受と言いますが、今、快・不快という反応が起きたと、瞬間に現れたときに気づくようになります。

私たちの五感が何らかの対象に触れると、この感受が現れることは当たり前のことなのですが、これが瞋恚の元になります。この快・不快から、私たちは、もっと、このままではいやという心が起きることになります。

さらに、この心が大きくなると必要以上に求めるようになり、貪、むさぼるようになりますが、たとえばブッダの瞑想をしているとその心が現れたとも瞬間に気づくようになります。

そして、これらの心が現れること、心になることは、ブッダの瞑想を続けていると少なくなってきますが、でも、まったくなくせるものではなくて、現れても、なっても、振り回されない、溺れないようになることが大事で

そのためには、現れた、なっていると、気づく、自覚する習性、力ができることが大事になります。

ブッダの瞑想はその習性、力もつくものですが、現れた瞬間に気づき、ただそのままにしていることをして、すると、その心がそれ以上にならず消えていきます。

諸行無常で、現れた心は消えていきます。

と、ブッダの瞑想で書きましたが、瞑想によらないでも、普段、自分の反応・判断にそのまま流されることをちょっと停止するようにして、自分の心の現れ、状態に「気づく」「気づく」と心がけていく。

そうしてたとえば、誰かの態度や言動にネガティブになったとき、「あ、今、私の心が、受け入れたくない、嫌だと反応している」と気づく、自覚するようになると、平静でいられるようになり、自分をコントロールできるようになって来ます。

一般的にいう怒りの心にもならず、この状況、相手をどうにかしたいと必要に以上に執着する貪りの心にもならなくて済むようになります。

さて、三毒の3つ目の癡(ち)は愚痴ることではなくて真理に対する無知の心のことです。

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