瑞雲信人プロフィール(瞑想編)

瑞雲信人(ずいうんしんじん)です。よろしくお願いいたします。私は、マインドフルネス瞑想でより多くの人が救われて、イキイキと幸せに暮らせるようになってほしいとマインドフルネス瞑想を教えています。

私は禅僧で、本格的なマインドフルネス瞑想の瞑想家で指導者です。

現代版のマインドフルネス瞑想は、仏教の禅の坐禅、ヴィパッサナー瞑想からつくられたものとご存じの人も多くなりましたが、私はマインドフルネス瞑想をこれらすべての本格的な修行もしてマスターしています。

紆余曲折の社会経験をしたのちに50歳を過ぎて、曹洞宗の元管長の故板橋興宗禅師に僧侶になる得度を受けて、禅師様の元で僧堂修行をしました。

得度式で禅師様と

高校生の頃から坐禅を取組むようになりました。

そして、曹洞宗の前に臨済宗をお寺などで泊り込みで幾度か学び、毎朝5時頃になると近くのお寺の本堂の外で勝手に1時間ほど坐禅させていただいたり、気温が零度以下になると窓を開けて坐禅をするのが楽しみというようなところのある者でした。

ですから、板橋禅師と一緒に毎日、坐禅をできることは無上の喜びでした。私が修行していたとき、禅師様は90歳を過ぎていらしゃいましたが、毎朝、雲水と共に坐禅をなさり、夜の坐禅は雲水たちがしなくても欠かすことのないお方でした。

そして、僧堂修行を終えて、ブッダの瞑想法と言われるヴィパッサナー瞑想という瞑想法があると知り、学んでみたいと考えるようになりました。

この時点では「マインドフルネス瞑想」のことはまだ知りませんでした。ヴィパッサナー瞑想がマインドフルネス瞑想と呼ばれていて、私はマインドフルネス瞑想のことを知りました。

「マインドフルネス」は、もともと仏教の正念(しょうねん)のことが英語にされたもので、その瞑想法がヴィパッサナー瞑想です。

ゴエンカ式のヴィパッサナー瞑想を習得

はじめは日本で、ゴエンカ式という在家の人用(一般の人用)に構築されたサマタ瞑想の習得も含まれたヴィバッサナー瞑想のプログラムを10泊12日の合宿で学びました。

10日間、完全に外部から遮断されて、参加者同士も沈黙をずっと守り、朝4時に起床し夜7時まで、暗い部屋で左右、前後、知らない人とひじょうに密接した距離に坐って、1時間や1時間半ごとの坐って瞑想します。

最初の2日間は集中瞑想のサマタ瞑想、その後、ボディスキャンのヴィパッサナー瞑想をそれぞれ延べ10時間ほどします。

こういう環境に耐えられなくなる人、サマタ瞑想の段階で中には帰ってしまう人もいました。また、ほとんどの人は長い時間じっと坐っていられません。

後でネットで体験した人のプログなどを見てみると、長時間、耐えて坐っていることで現れる現象や、あらかじめ知っていた知識に当てはめて効果を得られたと考えている人も少なくありませんでした。

私の場合は禅僧として修行して、外部と遮断された状況も、長時間じっと坐っていることも全然平気でしたし、心の安定力や集中の力がもともと高くありましたから、すぐに習得できて合宿中にも高い効果が現れました。

たとえば30年以上、日中や夢で繰り返し思い出して苦悩していたあることを思い出し苦悩することがピタリと止まり、同時にこの時から日ごろイライラしがちな面もピタリとなくなり、怒りの感情になることがなくなりました。

そして、合宿後も取組み続けていて、サマタ瞑想とヴィパッサナー瞑想の効果をますます確信し、より本格的で幅広い瞑想法のあるテーラワーダ仏教のマハーシ式のヴィパッサナー瞑想をきちんと学びたいと考えるようになりました。

しかし、日本でマハーシ式を教えているところもあるけれど、数時間や1日や3日ほどの会しかなく…、さてどうするか。

ミャンマーでヴィパッサナー瞑想の本格的修行

そこで本場のミャンマーに行くことにしました。

マハーシ式はミャンマーの高僧、マハーシ・サヤドーが、ヴィバッサナー瞑想の根本経典の大念処経から見い出した瞑想法ですので、ミャンマーが本場で、私はマハーシ・サヤドーの直系の高弟のチャンミェ・サヤドーの瞑想センターに行きました。

私はミャンマーで予想以上の体験と変化をすることになりました。

チャンミェ・サヤドーの瞑想センターでは、朝4時半から夜9時半まで、坐る瞑想、歩く瞑想を繰り返し、それ以外も一日中、目が覚めたときから眠りにつくまで、自分の一挙手一投足、すべての動作に気づき続けます。気づきがとぎれているときがあったなら、瞑想修行者は死んでいたのと同じと言います。

私は、それ以外にも、夜中に一人で坐る瞑想をしていたりもしました。

そうしていて、私は修行をはじめて7日目に左の首から肩、腕にナイフでえぐられるような激痛が現れるようになりました。その日から3週間、激痛の瞬間瞬間に一日中気づき続けることに取組みました。

本場の修行では痛みは瞑想の最高の友と言われ、本格的な本場のヴィパッサナー瞑想では瞑想の力がかなり高くなって、人によっては激痛が現れる段階があります。

私は禅で集中の力が相当についていて、ゴエンカ式で気づきの訓練もできたことで、一気に瞑想の力の段階が高くなりそうなったようです。

また、坐る瞑想をしていて、次々に過去のことが思い浮かぶようになり、申し訳なさと後悔の心があふれてくるようになり、涙もあふれてくるようになりました。

瞑想を終えてもその心が消えず絶望感が膨らみ、一切は苦であることをまさに体験し、「気づき」がなく生きることの恐ろしさも身に沁みして知りました。

そして、誰もいない時間の瞑想所で、チャンミエ・サヤドーの写真の前で泣き崩れて、もがくように苦悩して、どうにもできない、もう自分には瞑想することしかできないという思いで立ち上がっては歩く瞑想をしました。

そんなように過ごしていて、4週目には激痛を痛みを痛みとは感じず苦しまず、現象として観ている状態になりました。苦しみを観る人になるという高度なマインドフルネスの状態です。

サヤドーに「それは無我の境地にいた」と言われる状態も経験し、「あなたはロケットが地球を何周かして宇宙に飛び出すように進歩するだろう」とも言われました。

そして、ある日から、見ている、聞いている、感じていることをすべてプロセスとして認識するようになり、今この瞬間・今この瞬間をありのまま気づく、聞く、感じる、心を観る状態に、いつも自然となっているようになりました。

また、歩く瞑想中に名色分離智という洞察による智慧が現れ、ヴィパッサナーの洞察による智慧の階段ものぼれることになりました。目の前の人や物が、見ると同時に崩れていくように見える時期もありました。

そうして、物や出来事、人、自分自身の思考や感情に巻き込まれることなく、常に平静に気づいている。智慧で気づいている。意識せずとも常にマインドフルネスでいる人になりました。安心、平穏に幸福に、日々生きられる人に根本から変わり、なりました。

これは自慢ではなく、ヴィパッサナー瞑想とはそういう効果のあるものです。ヴィパッサナー瞑想のやり方の要素がきちんと入った現代版のマインドフルネスの瞑想もそうです。

ミャンマーで出家するお話もありましたが、板橋禅師の得度を受けている身であることからお断りして帰国しました。

最後の面談でご挨拶したとき、サヤドーに「あなたはダンマヴィハリーとなると、世間的な興味や欲から離れていく人になる」と言われました。ダンマヴィハリーとはブッダの教えの深いところを実践に活かしてダンマと共に生きる人という意味です。

帰国すると、マインドフルネス瞑想が流行

帰国すると、マインドフルネス瞑想が流行するようになっていました。そして、現代版のマインドフルネス瞑想は禅の坐禅やヴィバッサナー瞑想が元だと知りました。

流行の元のアメリカのジョン・カバットジン教授のマインドフルネスストレス低減法の本やCDを買って取組んでみました。確かに禅の坐禅とヴィパッサナー瞑想のやり方が流用されて入っています。なるほどと思いました。

私自身も、禅の坐禅、ヴィパッサナー瞑想と修行して、大きな変化をして、ストレスにまきこまれず、葛藤を起こさず、平穏に生きられる人間になりましたから、良いことだなぁと思いました。

そして、カバットジン教授が、私と同じく、禅の坐禅を修行して、ヴィパッサナー瞑想をトレーニングして、そこからマインドフルネスストレス低減法をつくったことを知り嬉しくもなりました。

しかし、流行が進んでくると、どうも様子が変わってきました。様々なマインドフルネス瞑想の会などにも参加してみましたが、どうも違うものが少なくない…

日本のマインドフルネス、マインドフルネス瞑想の乱れ

やり方がどんどん変えられて、元とはとても遠いやり方をするケースも増えてきました。禅の坐禅やヴィパッサナー瞑想のやり方の要素のまったくないもの、マインドフルネス瞑想とは本当は関係のないものがマインドフルネス瞑想と言われるようにもなってきました。

私は禅僧になる前、メンタルへルスなどのことを教える研修の講師だったことがあるのですが、そういう講師の人が教えているマインドフルネス瞑想などは、自律訓練法など本来のマインドフルネス瞑想とは異なるやり方になっている場合が少なくありません。

知識としては新しいことをたくさんは知っているけれど瞑想自体の取組みは浅い人や、1日や数日の研修などで学んで人に教える人も増えてきました。

そうして瞑想難民という言葉まで見聞きするようになってきました。

日本のマインドフルネス瞑想の状況を危ぐして講座を開発

本来のマインドフルネスの瞑想のやり方と、人として根本的に変わることも可能な素晴らしい効果を体験し享受している私は、こういう状況を日に日に残念に思う気持ちが高まっていきました。

そして講座をつくることにしました。

ストレスを抱え、悩むことになっている人の多くは、幾日間もの期間の合宿はむろん、一日でも都合をつけることがなかなか難しい…だから、自宅などで、できた時間で十分に学べて、しっかりマスターできる仕組みにしようと思いました。

たとえば、カバットジン教授の方法は良いのですが、あらかじめ決められた日時に8週間毎週1回習って、毎日自宅で1時間の実践をする必要があります。それは多くの人には難しいことではないでしょうか。

誰もが正しいマインドフルネス瞑想を習得できるように

ミャンマーの瞑想センターでは、やり方を習い、それを実践するのはそれぞれ、そして週に3回のサヤドーからのインタビューがあって間違いがないかチェックを受けたり質問をして、レベルを上げて、またそれぞれに実践…と繰り返していきます。

これと同じようなことを、社会生活をしながらできるようになる仕組みをつくろうと考えました。そしてできたのが瑞雲庵のマインドフルネス瞑想の講座です。

あなたがもし、正しくマインドフルネス瞑想をできるようになりたい、そして、平穏に豊かに幸せに人生を生きていかれるようになりたいと願っておられたら、ぜひ受講をご検討ください。