慈悲の瞑想の本来と違うやり方とその危険性、リスクとは

瑞雲の慈悲瞑想ブログ
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ネットに3万円近くもする慈悲の瞑想のセミナーの案内があり、内容の詳細を見て「え?」と思いました。本来の慈悲の瞑想とは違う、後でお話するものでした。

あるマインドフルネス瞑想のオンライン実践会に参加したときに慈悲の瞑想としてされたものも違うものでした。

さて、本来の慈悲の瞑想からするともったいないですが、そういうものを慈悲の瞑想と言ってするのも個人の自由です。ただ気になるのは、それらには心理的・社会的なリスクや危険があることです。

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まず、どんなリスク、危険性があるのかお話します。

マイナス感情がわき上がり、引きずることに

本来の慈悲の瞑想ではなものは、瞑想中に意図的に意識を向ける対象の人物を具体的に思い浮かべて、意図的にその人物に対しての意識を持つようにします。

その人物は自分がマイナスの感情を持っている相手の場合もあります。そして、ものによっては自分に害を加えた人にまで慈悲の心を向け許すことなどもします。

そうすることは大きく感情が動きます。怒りや悲しみや憎しみなどのマイナスの感情が大きくわき上がってくる場合もあります。瞑想の後もその感情を引きずるようになるリスク、危険性があります。

私の講座の受講者にも、受講する前にそういうやり方をして、そうなってしまっていて、とても困っていた人がいました。本来の慈悲の瞑想のやり方を知って違いに驚いておられましたが、他の集中の瞑想に取組むように指導をして解決しました。

解決をサポートしてくれる人がいないと、精神的に大変なことになる可能性もあります。

催眠状態になってしまう

直接や録音された他の人の声に誘導されて取組むことが多く、そのために催眠状態になることがあります。催眠状態になるようなやり方は瞑想ではありません。

もともと催眠的な言葉がけのしかたをして受講者に取組ませている人もいます。

メンタルヘルスやストレスマネジメントなどに関わっている人が教えている場合にそうしていることが多いですが、私が参加した実践会でされたのもそうでした。

私はカウンセラーでメンタルヘルスの講座もしていますが、以前は企業などでそういう研修もしていた経験かあるので、すぐにそうされていることに気がつき驚きました。

ストレスマネジメントなどのために自律訓練法という催眠療法があり、私も研修で紹介していたことがありますが、そういうようなやり方をしています。

催眠状態になる療法は専門家の指導がしっかりないと催眠状態から抜けられなくなることがあり危険ですが、瞑想をそのようなやり方でしたら同じ危険があります。

催眠の効果で瞑想の効果ではなくなる

直接や録音された他の人の声に誘導されて、効果が瞑想によるより、イメージ療法、催眠療法になってしまっている場合があります。

言葉がけによって催眠状態になり、終わると、受講者は言葉通りに、優しい気持ちになれた等とコメントします。

イメージ療法とは次のようなものです。

イメージ療法とは

クライエントがもつ内的イメージを膨らませ活用する療法です。クライエントが活性化されたイメージを十分に体験することで気づきを得たり、精神的な解放感を体験するといった効果が得られます。(心理学用語の学習サイトより引用)

慈悲の瞑想に限らずマインドフルネス瞑想がこのようなやり方でされていることがけっこうありますが、これでは瞑想ではありません。以前からあった催眠療法、イメージ療法に「マインドフルネス」とつけたようなものと言えるでしょう。

慈悲の瞑想、マインドフルネス瞑想には、慈悲の瞑想、マインドフルネスの瞑想ならではやり方があり、そのやり方だからこその貴重な効果があります。

催眠状態になるようなやり方は瞑想ではありません。

マインドコントロールの怖れ

ヨガや瞑想の会などは、以前から新興宗教の団体などの勧誘に使われてきています。私の講座の受講者にも瞑想に興味をもって行ったらそういう団体だった経験がある人がいました。

そういう団体が必ずそうだというわけではないですし、団体に限らずですがこの危険性は怖いものです。

かつて「マインドコントロール」という言葉が世の中に広く知られた時代がありましたが、今はそれほど知られなくなっています。

マインドコントロールとは

操作者からの影響や強制を気づかれないうちに、他者の精神過程や行動を操作して、操作者の都合に合わせた特定の意思決定・行動へと誘導すること・技術・概念である(ウィキペディアより引用)

他の人の言葉に誘導されてする瞑想の場合、誘導する人(操作者)が何らかの意図をもってマインドコントロールのように活用することもできなくはありません。

本来と違うリスクや危険性のあるやり方とは

次に、どういうやり方のものかを詳しく説明します。

上記でお話したことでおわかりだと思いますが、リスクや危険を生み出しているやり方のポイントは次の2点です。

  • 瞑想中に具体的対象を思い浮かべて、その対象への意識を意図的に変えることをする
  • 他者の言葉による誘導瞑想で、催眠状態になる可能性がある

慈悲の瞑想でも、マインドフルネス瞑想でも取組みに、本来はこの2点は必要ではないことです。こういうやり方が当然のようになっていますが違います。

意識を意図的にコントロールしたりすることも、他者の誘導も必要がなく、シンプルに取組めて高い効果のあるのが、本来のやり方です。

そして、慈悲の瞑想だと言ってこのようにされているものは、代表的なものに次のパターンがあります。危険性の少ない方から紹介します。

思いやりの心を育むプラクティス系

思いやりの心を育むプラクティスは市販の本『グーグルのマインドフルネス革命』に載っています。

これをそのままか、いくらか変えて、慈悲の瞑想だと言って教えられていることあります。このページで冒頭にお話ししたネットで3万円近くになっていたオンラインセミナーはこれがそのままでした。

なお、私は思いやりの心を育むプラクティスを否定しているわけではけしてありません。慈悲の瞑想ではないですが、これはこれで意図された目的の効果があるものです。

以下、本から転載して紹介します。

まず、今日あなたが出会った人の中で、楽しい会話をしたお気に入りの人を、心の中で思い浮かべましょう。もし、今日楽しい会話をした人がいなければ、昨日、一昨日とさかのぼっていただいて構いません。

心の中に、その人を思い浮かべたら、心の中で、次の言葉を言ってみましょう。

  • この人は、心と身体を持っています。わたしと同じです。
  • この人には、気持ちや感情、考えがあります。わたしと同じです。
  • この人は、悲しんだり、がったりしたり、怒ったり、混乱したりすることがあります。わたしと同じです。
  • この人は、人生において肉体的、心理的な苦しみを経験しています。わたしと同じです。
  • この人は、人生において喜び、幸せ、愛を経験しています。わたしと同じです。
  • この人は、幸せになりたいと思っています。わたしと同じです。
  • この人が幸せでありますように。

では、そっと目を開けてください。これで終了です。

心理的なリスクなど

心理的なリスクは次に紹介する方法よりは小さいですが上記のようなリスクはあります。

「楽しい会話をした人を思い浮かべる」という時点で、そういう人がいないとつまってしまう人もいます。

そして近年、慈悲の瞑想が上記のやり方のように「わたしと同じです」と共感のものと同じように扱われている傾向がありますが、別のものとしないと慈悲の瞑想でなくなります。するならば共感のものは共感のものとしてすると良いでしょう。

慈悲は共感よりも深い精神。共感ではなく「慈悲」です。他者を自分と同じと思うのではなく、違いを受容し、違う考え方・感じ方・あり方の人にも等しく向けられるものです。

他者を自分と同じと考えるやり方は、自分の感じ方、考えで、他者を判断する傾向を生み出すリスクもあります。

本来の慈悲の瞑想のほうがやり方・取組み方はシンプルで、リスクもなく、「慈悲」の精神が養成されて本質的な変化・効果を望めます。

お金のリスク

また、これくらいだけで高額な料金のセミナーなどがある状況になっているので、それにも気をつけたほうが良いのではないかと思います。

慈悲の瞑想も他の瞑想にも取組んでするもので、マインドフルネス瞑想も坐る・歩く・食べる・日常の瞑想があります。

さらにそのそれぞれに簡単な基礎・中級のものと上級のものがあって、それらを段階的に総合的に学んで取組むことで本当の効果は得られます。

ごく一部のことで高いお金を使っていたら無駄になります。瞑想の習得は段階的に総合的に学べるプログラムになっていて適切な料金の講座、セミナーを選ぶと良いです。

もし興味があったら、私がしているウェブ講座の案内をご覧ください。→ こちら

愛と慈しみの瞑想系

愛と慈しみの瞑想自体は正しく取組めば望ましい効果があるわけですが、これを模ほうしたようなものが慈悲の瞑想と言われて、安易に教えられ、されていることがあります。

こちらは留意しないと、リスク・危険性が高くなります。

近年のマインドフルネス瞑想の発端は、アメリカのマサチューセッツ工科大学のジョン・カバットジン教授が、禅の坐禅と本来のマインドフルネス瞑想のヴィパッサナー瞑想を応用してつくったマインドフルネスストレス低減法です。

教授の著書『マインドフルネスストレス低減法』に「愛と慈しみの瞑想」という瞑想が掲載されています。

愛と慈しみの瞑想自体の出だしは次になります。(本から転載します)

心が落ちついたら、意識的に自分自身に対する愛や慈しみの感情を呼び起こします。

心の中で自分自身にこんなふうに言い聞かせてください。

「怒りや憎しみの感情から自由になれますように、そして、私に対する同情や慈しみの気持ちでいっぱいになりますように」

愛と慈しみの瞑想は、このように、自分に言い聞かせて意図的に意識づけをしたり、意識を変えることをしていきます。

そして、次のような部分もあります。

今度は、特に関係がうまくいっていない人、 たとえば憎しみを感じているような人を思い浮かべて、その人に対して、意識的に慈しみ、寛大さ、同情の気持ちを向け、嫌いだという感情や怒りをとき放つようにします。

そして、その人を、感情をもち、痛みや不安や悩みをかかえる一個の存在として、愛や慈しみを受けるに値する人間として見るようにします。

もし、その人があなたを傷つけた人間だったとしたら、心の中で意図的にその人を許し、怒りや憎しみの感情をとき放ち、自分だけが正しいというような感情をとき放ってください。

憎しみを感じているような人を思い浮かべて…、このようにすることは簡単にできるでしょうか。

これは瞑想というよりも療法的なものになっていると感じます。

意識を様々に変化させて、それも心理的ハードルの高いことで進めていくので、誰かの誘導なしにすることは困難ですし、大きく感情が動き、リスクや危険性は低くはありません。しっかりとサポート者がいないと危険でもあります。

そして、これを模ほうして慈悲の瞑想と言われているものも同様にリスクや危険性がありますが、安易に行われているように感じます。

愛と慈しみの瞑想の全体のやり方は次の記事で紹介してあります。

<関連記事>

本来の慈悲の瞑想は安全

本来の慈悲の瞑想のやり方はこういうリスクや危険性のあるやり方ではありません。安全なものです。他の瞑想の取組みの安全性を高める効果もあります。

本場では古来、本来のマインドフルネス瞑想のヴィパッサナー瞑想とともに取組むことを勧められますが、それはヴィパッサナー瞑想をスムーズに効果的にしてくれる、安全に取組めるようにしてくれるからです。

次の関連記事にやり方や取組み方をまとめました。

<関連記事>

まとめ

この記事は、思いやりを育むエクサイズや愛と慈しみの瞑想自体はもちろん、それらを模ほうした瞑想をすることが悪いという記事ではありません。

違うものが慈悲の瞑想として教えられている場合があるということと、それにはリスクや危険性もあるという話です。

慈悲の瞑想は素晴らしい瞑想ですから、ぜひ、取組んでほしいです。私の場合は、次の理由でやはり本来の慈悲の瞑想に取組むことをお勧めします。

  • シンプルで、いつでも何もなくても自分で取組めて
  • 危険性もなく安心
  • 効果は確かで、本来のものだから

ありがとうございます。

<関連記事のまとめ>

生きとし生けるものが幸せでありますように

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禅僧として坐禅を修行、ヴィパッサナー瞑想を日本でゴエンカ式を習得、本場ミャンマーでマハーシ式を修行、近年の心理系、ビジネス系のマインドフルネス瞑想も習得した最高の瞑想指導者から、いつでも学べる特別な瞑想の講座。入門編は無料公開中

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