慈悲の瞑想のやり方・方法【全文付】取組み方や注意点も解説

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瑞雲のブログ

私は禅僧として修行した後、慈悲の瞑想の本場のミャンマーで修行などもして瞑想の指導をしていますが、慈悲の瞑想も関連のあるマインドフルネスの瞑想も、本来のものと違うやり方・方法、取組み方のものがあったり、不正確に教えられていることがあります。

慈悲の瞑想のやり方・方法と取組み方を正しく安全に本当の効果を得られるように、間違えの多い注意点についてもふれながら説明いたします。

慈悲の瞑想は文章を唱えるとご存知かもしれませんが、私の瞑想のオンライン通信講座では5種類を知ることができるようになっていますが、ここでは3種類を紹介します。

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やり方・方法の根本としてきちんとすべきなのは、慈悲の瞑想は瞑想の種類としてサマタ瞑想の1つだということです。

サマタ瞑想のやり方・方法には40種類ありますが、多くの場合、この点があいまいにされ思い思いのやり方・方法がされる傾向があります。

ストレス緩和系、心理療法系のマインドフルネス瞑想を教えている場合にその傾向がみられて、本来とは異なるやり方・方法がされていることかありますが、本来のやり方・方法をしたい場合は注意が必要です。

慈悲の瞑想のやり方は集中の瞑想

仏教の瞑想は大別すると「集中の瞑想のサマタ瞑想」と「気づきの瞑想のヴィパッサナー瞑想」で、慈悲の瞑想はサマタ瞑想なので集中の瞑想です。ですから、集中の瞑想のやり方・方法でします。

集中の瞑想・サマタ瞑想のやり方・方法は一つのものや一つのすることに集中します。呼吸集中の瞑想がよく知られてますが、呼吸集中瞑想の場合は呼吸に意識を向けて呼吸をしていることに集中し続けます。

そして、慈悲の瞑想の場合は次のようにします。

慈悲の瞑想のやり方・方法の基本

慈悲の瞑想のやり方・方法は、坐る瞑想のように坐ってします。

そして、文章を心の中や声に出して唱えます。集中の瞑想ですから、文と文を唱えることに集中して、文を1行1行、念じながら唱えます。

念じながらというのは意識をきちんと向けながらという意味です。機械的に唱えるのでなくて、文に意識をしっかりと向けて唱えます。

注意-意図的に意識を変化させるものではない

文の内容についていろいろ想像したりするのではなく、ただ文に集中して唱えます。

本来の慈悲の文でも違う文でも、意図的、作為的に現在の意識の持ち方を意図的に変えようとするやり方・方法がされていることがありますが、それは本来とは違います。

意図することなく文を集中して唱えることで、おのずと意識は変わってきます。

注意-他者の言葉に意識誘導されるものではない

また慈悲の瞑想だと他者が文を声を出して言い、その誘導で文に従い意識を変えていくやり方・方法がされていることがありますが、本来の慈悲の瞑想でそうすることはありません。

慈悲の瞑想は誘導瞑想ではありません。他の人と一緒にする場合、代表の人が文を声を出して唱えることはしますが、それに続いてそれぞれの人が同じ文をそれぞれ唱えます。

慈悲の瞑想で唱える文章

どんな文章を唱えるとよいか。文は一般の人にもわかる普通の言葉の文です。

慈悲の瞑想はテーラワーダ仏教または上座部仏教というスリランカやミャンマーなどの仏教で実践されてきたものなので、テーラワーダ仏教系の文章を3種類紹介します。

短いものから順に紹介します。短いものも正式のものです。

ゴエンカ式の慈悲の瞑想の文章

ゴエンカ式は、ミャンマー人の在家者であるゴエンカ氏がひろめた在家者用のボディスキャン型のヴィパッサナー瞑想です。

私が慈悲の瞑想に初めて出あったのは、ゴエンカ式の京都での10日間の合宿ででした。感動しました。

禅僧になって僧堂で生活して修行したのも、こうしてここまでヴィパッサナー瞑想を習いに来て、しているのも、慈悲の瞑想に出あうためだったという思いになりました。

すべての人びとが、苦しみから解放されますように

真の平安、真の調和、真の幸福を享受することができますように

生きとし生けるものが幸せでありますように

(参照 日本ヴィパッサナー協会)

チャンミェ・サヤドーの慈悲の瞑想の文章

チャンミェ・サヤドーは、テーラワーダ仏教のミャンマーの大長老です。

ヴィパッサナー瞑想として最も代表的な方法のマハーシ式のマハーシ・サヤドーの高弟の大長老で、私はミャンマーでチャンミェ・サヤドーの寺院で修行しました。

すべての生命が幸せで安穏でありますように

すべての生命が憎しみや敵意から逃れられますように

すべての生命が病気や危険から逃れられますように

すべての生命が心と身体の苦しみから逃れられますように

スマナサーラ長老の慈悲の瞑想の文章

日本に長く在住しているスリランカの僧のスマナサーラ長老の文章は次の通りです。

私は幸せでありますように

私の悩み苦しみがなくなりますように

私の願いごとがかなえられますように

私に悟りの光が現れますように

この文を、主語を次に「私の親しい人々」、「生きとし生けるもの」、続いて「私の嫌いな人々」「私を嫌っている人々」にして唱えます。

全文は次になります。

私は幸せでありますように

私の悩み苦しみがなくなりますように

私の願いごとがかなえられますように

私に悟りの光が現れますように

私は幸せでありますように

私は幸せでありますように

私は幸せでありますように

私の親しい人々が幸せでありますように

私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように

私の親しい人々の願いごとがかなえられますように

私の親しい人々にも悟りの光が現れますように

私の親しい人々が幸せでありますように

私の親しい人々が幸せでありますように

私の親しい人々が幸せでありますように

生きとし生けるものが幸せでありますように

生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように

生きとし生けるものの願いごとがかなえられますように

生きとし生けるものに悟りの光が現れますように

生きとし生けるものが幸せでありますように

生きとし生けるものが幸せでありますように

生きとし生けるものが幸せでありますように

私の嫌いな人々も幸せでありますように

私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように

私の嫌いな人々の願いごとがかなえられますように

私の嫌いな人々にも悟りの光が現れますように

私を嫌っている人々も幸せでありますように

私を嫌っている人々の悩み苦しみがなくなりますように

私を嫌っている人々の願いごとがかなえられますように

私を嫌っている人々にも悟りの光が現れますように

生きとし生けるものが幸せでありますように

生きとし生けるものが幸せでありますように

生きとし生けるものが幸せでありますように

なお、よく知られていて正しいと受け入れられている文ですが、「願いごとがかなえられますように」と個人の願望の実現を願っていて筋違いという批判などもあります。

なので、私のしている講座の場合は、そういうこともありますし「悟り」が宗教的になっている面もあるなどの理由で、この文の内容の元である「四無量心」にもっとそった文にしています。

<参考記事>

また、この文やこの文を模倣したような文で「私が主語が大事」と説明されていることがありますが、その点については次の関連記事を参考にしてください。

 <関連記事>

慈悲の瞑想の取組み方

瞑想だけの取組みでいうと次の種類のパターンの取組み方かあります。

  1. 慈悲の瞑想を単独でする
  1. 他の瞑想と同時にする。慈悲の瞑想は集中の瞑想のサマタ瞑想なので、気づきの瞑想のヴィパッサナー瞑想の前にして、集中と心の静まりを高めるようにします。

そして、慈悲の瞑想だけで効果を得られるというものではなく、効果を得るとしたら、するのは慈悲の瞑想だけいいということではありません。

慈悲の瞑想以外の瞑想もすることや、日常で必要なことがあります。

慈悲の瞑想の本当の効果を得るために

慈悲の瞑想の効果には素晴らしいものがあります。でも、その効果を得るためには、上記のようなやり方・方法を上記のような取組み方ですることが大事です。

さらに、それだけでなくする必要があることがあります。次の関連記事で説明しています。

 <関連記事>

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