マインドフルネス瞑想で瞑想難民に。瞑想難民とは? 予防と対処法は

瞑想難民という言葉を聞いたことはありますか。マインドフルネス瞑想に取組む人が増えましたが瞑想難民は多くなってきています。

瞑想難民にならずに、マインドフルネス瞑想の本当の効果を手にしていただきたいので、瞑想難民とはどういう状態なのか、そうならないようにするにはどうしたらよいのか、なっていたらどうしたらよいのかご紹介したいと思います。

瞑想難民以前のマインドフルネス瞑想の落とし穴

さて、瞑想難民の前に落ちてしまう落とし穴があり、まず、その穴に落ちてしまうのが、今の日本のマインドフルネス事情です。

それは不正確な情報や人を信じて、自分流で取組んで

  1. そうではないものをマインドフルネス瞑想だと思って取組んでしまったり
  2. 適切ではない瞑想のやり方をしてしまったりします。

そして、瞑想難民

「瞑想難民」という言葉は、マインドフルネス瞑想の根本のヴィパッサナー瞑想を長年実践なさってきて、マインドフルネス瞑想、ヴィパッサナー瞑想、仏教について多くの素晴らしい訳書や著書のある魚川祐司さんが最初に使ったように思います。

ここでは、できるだけ正しく皆さんにマインドフルネス瞑想をできるようになっていただきたいので、少し広げた定義にして、次のような状態の人を瞑想難民とします。

  1. 効果や変化を感じられないと悩み続けている。
  2. 瞑想の方法や進展に不安を持ち続けている。
  3. 心や身体の症状が悪くなり苦しみが増し困り続けている。
  4. 悲しさや虚しさを感じるようになったままでいる。
  5. 光が見えるなどを体感して、自分は特別だとか、悟ったと思うようになっている。
  6. 瞑想中に姿勢が悪くなったり、身体がおかしな動きをずっとするようになっている。
  7. 瞑想歴は長く、知識も詳しいがマインドフルネスが身につかずにいる など

瞑想難民化の原因と予防・対処

こういう瞑想難民にならないにはどうしたらよいかのか、また、なっていたらどうしたらよいのか、予防、対処について整理してみたいと思います。

上記1、2の瞑想難民の場合

効果や変化を感じられないと悩み続けている。瞑想の方法や進展に不安を持ち続けている

これは正しい瞑想法をしていないか、正しく瞑想をできていなことが原因です。ネットや本の情報で、また少しどこかで習って、自分だけでや、そういう人同士でしているとなりやすいことです。

予防、対処としては、第一に正しい瞑想法を正しくできるように、正しく教えられる人に、ちゃんと教えてもらうことです。

そして、しばらくの間、きちんと正しくできているかチェック、指導してくれる人いれば起きないことですし、解決します。

上記3の瞑想難民の場合

心や身体の症状が悪くなり苦しみが増し困り続けている

うつ病などの心の病・症状、身体の不調の改善にマインドフルネス瞑想が効果があると知りはじめる人もいますが、そういう人は特に注意が必要です。

そもそもマインドフルネス瞑想では、意識に顕在化していない心身の現象がどんどん顕在化するので、心身の症状が悪くなると感じる可能性のあるものです。

マインドフルネス瞑想でヴィパッサナー瞑想の要素が強い瞑想法は特にそうです。痛みなどの苦痛が現れてくるもので、痛みは瞑想の友と愛すべきものとも言われているのが本来のマインドフルネス瞑想です。

私は、ミャンマーに行って7日目から、左肩に身もだえるほどの激痛が現れるようになり、それが3週間続きました。現れてくる痛みに気づき観察し続けているうちに痛みが消えていきます。そのプロセスの体験が瞑想力、智慧の目覚めにひじょうに役立つのです。

この深い理解があって、心身の状態に合わせた瞑想の選択や瞑想を進めるステップを踏む必要がありますが、その適切なサポートをしてくれる人がいないと、こうなったときの対処が困難です。

ミャンマーでは週に3日ごとに、瞑想の取組み状態を、サヤドー(長老、大教師)が聞いて指導してくださったので、私の場合は適切に激痛とつき合うことができました。

上記4の瞑想難民の場合

悲しさや虚しさを感じるようになったままでいる

こうなるのはネガティブなことのように思えますが、そうではない瞑想が進んだ効果としてなる2つのケースがあります。

1つは、無執着が進んで生きることへの一般的な興味が薄れていくことからこうなる。もう1つは智慧の会得の階梯にこうなるステップがあり、そのステップになっている。

一人ではこのために辛くなるいっぽうになってしまう可能性がありますが、いずれの場合も、適切に状態を見極めてくれてサポートしてくれる人がいればだいじょうぶなことです。

私の場合はミャンマーでのトレーニング中に、瞑想が進んで、一切は苦という強い気づきの状態になった時期や、目の前のすべてが崩壊していくように見える時期がきましたが、サヤドー(長老、大教師)の導きによって正しく進むことができました。

上記5の瞑想難民の場合

光が見えるなどを体感して、自分は特別だとか、悟ったと思うようになっている

これは少なくないケースです。巻き用に落ちると言われたりもします。私も光が見えたり、体全体が浮かぶような感覚になったり、いろいろと体験しましたが魔境には落ちませんでした。

今ではだいぶ、こういうことになるものと知られるようになりましたが、それでも人によって様々なことになるので、自分を特別視するようになったり、瞑想中に再度こうなることを求めてしまうようになりがちです。

そうなってしまうと、瞑想の力の伸びが止まってしまいます。

マインドフルネス瞑想、ヴィパッサナー瞑想では、こういうことは自然なこととして起きることで、瞑想がまだまだ進展していく途上で起きることです。

特別なことではない自然なこと、途上と諭してくれて、次の段階に進めるよう導いてくれる人がいれば、こういうことにはまってしまうことはありません。

上記6の瞑想難民の場合

瞑想中に姿勢が悪くなったり、身体がおかしな動きをずっとするようになっている

私がミャンマーでトレーニングしていたときにも実際にいました。これはヴィパッサナー瞑想が実はそうそう簡単なものではないことを表わしています。

私はサマタ瞑想系の禅の坐禅をずっとしてきたので、その違いから気づいたのですが、ヴィパッサナーはサマタより取り組みやすいようですが、移り変わる心と身体の現象を瞬間瞬間とらえていくので、一つに集中するサマタと違い心身がバラバラなようになります。

ヴィパッサナーではその末に重要な名色分離智という心と身体は別ものであるという洞察智が生まれるわけですが、そのため心身のバランスを崩すリスクがあるように思います。

私の場合は、歩く瞑想中、動作をしている自分、その心身の現象に気づきラベリングしている自分、ちゃんと気づきラベリングをしているか見張っている自分の三種の自分が同時に存在して、自分が分裂している感覚になったことがありました。

また、さきほど説明した激痛のとき、首、肩はキリをさされるような激痛、左の肩と背は骨がずれて動くような感覚になり、身体が背中が床につくほどに後ろにのけぞるようにもなりました。

このようになっても、私の場合はサヤドー(大教師)の指導のもと、正しい方向で進めたので、それらを糧にでき洞察智を得ることできました。そしてそれらは消えました。

心身に起きる現象を自分一人で正しく判断して、瞑想を正しく進展していくことは困難です。適切な指導者、サポーターが必要ではないでしょうか。

サマタ瞑想のすすめ

また、ヴィパッサナー瞑想の場合は、サマタ瞑想をして、まず集中の力や心の安定を高めておくことが望ましいです。古来、2つは車の二つの輪、鳥のニつの翼のようにペアです。

先進諸国に住みストレスの多い社会を生きている人は、心を静め、静かで強い集中を心身の現象に向けることは、そうでない社会を生きている人に比べて大変で負荷がかかります。

ですから心を静めること、集中することに特化した集中系のサマタ瞑想がいっそう助けになります。

上記7の瞑想難民の場合

瞑想歴は長く、知識も詳しいがマインドフルネスが身につかずにいる

このケースはやっかいです。瞑想歴は長く、知識は詳しいがマインドフルネスが身につかないになっていると、やっかいです。

なぜなら、こういう人は自分はわかっている、できていると思いこんでいたり、サポートしてくれる人の話もきちんと受け取る力がない場合が多いからです。

ヴィパッサナー瞑想でも仏教でも知識も必要ですが、知識に偏重することをいましめています。それはこのようになり、正しく瞑想、学道が進展しなくなるからです。

私がミャンマーでトレーニングをしていたときもいました。その人は一年以上もうそこにいましたが、サヤドーに報告するとき、毎回、自分の話したいことを話して、サヤドーの話に耳を傾けていませんでした。

でも、それに本人はいっこうに気がつかない。そういう状態をサヤドーに「今あなたはマインドフルネスではないね」と言われても気がつかない。そして、その人は一年以上たつのに、歩く瞑想も基本的な歩き方ができていませんでした。

まとめ

マインドフルネス瞑想、ヴィバッサナへ瞑想は、正しく取組んでいくと、言葉では表現しきれない素晴らしい変化をもたらし、人生をより良いものにしてくれる瞑想です。

ここまで見てきたように、瞑想難民のようにならずに、正しくマインドフルネス瞑想、ヴィパッサナー瞑想をできるようになるには次が必要です。

  • まず、正しい情報、正確な情報を知ること
  • しっかり正しいマインドフルネス瞑想を訓練して、自分も多くの体験、効果を得ている人に教えてもらうこと
  • そういう人に、チェック、助言をしてもらいながら取組んでいくこと

ミャンマーなど本来のマインドフルネスのヴィパッサナー瞑想を習う大寺院や瞑想センターでは、その寺院や瞑想センターのナンバーワンかナンバーツーの大長老が直接、誠実に指導してくれます。

ぶらっとやってきた旅行者で瞑想をはじめてする人にも大長老がそうしてくださいます。私もトレーニング中に、長老が何人にもそうなさっているのを見て感激しました。

なぜでしょう。本来、マインドフルネス瞑想、ヴィパッサナー瞑想とは、そうである必要があるものだからです。そういう価値のあるものだからです。

あなたが、適切な指導、サポートをしてくれる人と出会われ、マインドフルネス瞑想、ヴィパッサナー瞑想の素晴らしい成果を得られることを願っています。

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