マインドフルネスの日本の乱れた現状、本当のマインドフルネス、マインドフルネス瞑想とは、その効果とは

(この記事は瑞雲信人のブログで人気の高かった記事を転載しています。)

瑞雲信人

瑞雲庵の瑞雲信人(ずいうんしんじん)です。私は禅僧で本格的なマインドフルネス瞑想の実践家です。

なぜ本格的なマインドフルネス瞑想家なのか。マインドフルネス瞑想は仏教のサマタ瞑想とヴィパッサナー瞑想が根本で、私はその両方を本格的に修行したからです。

今の禅はほぼサマタ瞑想で、私は禅僧になる前から禅の坐禅をして、禅僧となり修行してきました。

そして、ヴィパッサナー瞑想を日本で体験し、それ以上にしっかりと本物を修行したいと本場のミャンマーで修行し、禅だけでは得ることのない瞑想力と変化と悟りを得ることができました。「人間」が変わったというレベルの変容を遂げることができました。

マインドフルネス瞑想とはそもそもはそういうものです。人が根底から変われ、常に平穏で幸福に生きられるようになるほどの効果のある素晴らしいものです。こういう私からすると、今の日本のマインドフルネス瞑想に関する状況は大変残念なものです。

乱れたマインドフルネス瞑想の日本の現状

マインドフルネス瞑想は欧米、特にアメリカでブームになり、日本に入ってきましたが、アメリカでもビジネスの成果の向上に即効的に役立てばよいと、マインドフルネス瞑想はどんどん元の形から離れたものになってきています。

日本では、流行にのって注目されよう利益を得ようと考えてか、多くのシロウトの人がネットに情報を書くようになり、さらに、本来のマインドフルネス瞑想をきちんと取組んでいない人が様々にこれがマインドフルネス瞑想だと広めています。

2018年からその傾向はどんどん強くなっていますが、それはNHKが幾度も取り上げたことと、私も禅僧ですが、禅僧たちもかなり加担しています。

はっきり申し上げますが「禅=マインドフルネス瞑想」ではありません。

禅イコールマインドフルネス瞑想ではない

禅だけではマインドフルネス瞑想にはまったく足りません。マインドフルネス瞑想には、禅とは目的・やり方・効果の違う瞑想法、ヴィパッサナー瞑想の要素が必須です。

現代のマインドフルネス瞑想のはじめのジョン・カバットジン教授のマインドフルネス・ストレス低減法の瞑想法も、教授はヴィパッサナー瞑想を体験してつくりました。

ヴィパッサナー瞑想を修行した人には、ヴィパッサナー瞑想の方法が入っていることがわかります。きちんと修行していない人はわからない。いい加減なものを出まらわしている人はそういう人です。

マインドフルネス瞑想をただ「今に集中する」「今起きていることに気づく」というだけのもの、少しそうすることで得られる普段と違う気分になるものとして扱うこともできます。一過性の心身や社会的な向上のためのものとして扱うこともできます。

それもまた良しです。そういうことから本当の価値のある本来のマインドフルネス瞑想を知ることになり、はじめる縁もあります。今、このページにいるあなたはその扉の前に来ていることになります。

本当のマインドフルネス、マインドフルネス瞑想とは

本当の「あるがままに気づく」「今を生きる」とは

マインドフルネスの情報で、必ずのように出てくるフレーズが、今の瞬間に注意集中して判断や解釈をせずに「あるがままに気づく」「今を生きる」です。判断・ジャッジしないでそのままを見る・聞く・感じると。

そして今の瞬間に意識を集中して、自分の身体や心、思考や周囲に判断・ジャッジしないようにして気づけば、もうマインドフルネスになっているというように説明されていることが少なくありません。

確かにそういうレベルの気づきも気づきです。しかし本当のマインドフルネスの気づきはもっと深い意味があり、私たちにもっと深い変化・成果をもたらしてくれるものです。

私たちはあるがままには気づけない自分になっている

次に写真の絵は何の絵でしょうか。

目の前のものに注意集中して判断なしに見れば、それであるがままに気づいてるマインドフルネスだというのであれば、今、あなたが思ったものがあるがままということになりますが、何の絵でしょうか。

若い女性だと思いましたか。老婆だと思いましたか。

同じ絵について注意集中して見て、若い女性の絵だと判断する人、老婆の絵だと判断する人がいる。同じ人でも判断が変わることがある……つまり、今この瞬間に注意集中するだけで「あるがままに気づく」ことをしていることにはならないのです。

判断、ジャッジは無意識に自動的に起きてしまいます。注意集中して生きれば「今を生きる」ということには簡単にはならないのです。

今のままの自分で意図して気づこうとして気づけることに気づいて、よりよく生きられることもあります。これまでそういうことをせずほとんど無自覚だった状態に、自覚を取り入れるのですから、日常や人生に変化もあるでしょう。

でも、それで済むなら、生きることは、人生はそれほど問題にはならないわけです。それでは済まないから、様々な問題が起きて、悩み苦しむことにもなります。

今のままの自分で気づこうとして気づくことは、見えることは聞こえることは、今のままの意識で気づく、見る、聞くことです。今の意識は正しく気づけるでしょうか、正しいありのままを見れるでしょうか、聞こえるでしょうか。

私たちは顕在(けんざい)意識も潜在意識も、生まれる前からの業(カルマ)と生まれてからの体験により汚染されています。ですから、今のままの自分では、真のあるがまま、正しくあるがままに受けとれる状態ではありません。

そして、私たち人間の日常、人生のありようのほとんどを決めているのは潜在意識と動物脳です。私たちは潜在意識と動物脳の自動運転、自動反応・自動思考でほとんど生きています。

本当のマインドフルネス瞑想とは

本来の本当のマインドフルネス瞑想とは「あるがままに気づけない自分」になっていることがそもそもの前提・課題で、だから気づける自分になるためのこととして、マインドフルネス瞑想をしようというものです。

マインドフルネス瞑想を教えている多くの人が評価・ジャッジせずにと教えますが、評価・ジャッジしているという自分に気づくことが重要なのが実はマインドフルネス瞑想の中心です。

自分の外側についではなく、ひたすら自分の内側、自分の心身の現象をそのまま気づくことを繰り返していくことで、評価・ジャッジする自動反応・自動思考も変わってくるのが本当のマインドフルネス瞑想です。

本当のマインドフルネス瞑想は、「今ここに集中」だけでなく、潜在意識、脳が変わって、本当の真の「今ここの瞬間のあるがままを正しく気づける、わかる」人間に変わることができるものでなければならないのです。

と、こう言っても、間違った瞑想の方法をマインドフルネス瞑想と言っている人もその方法は脳が変化する、潜在意識が変わると科学的に証明されていると言いますが……

「自分を変える」ノウハウ、サポートは同様にあやういものになる

さて、悩み苦しみ、思うように生きられない、もっと良くなりたいと、私たちは自分や人生を変えたいと願って、変えられるノウハウを探して、本を買い、カウンセラーやコーチングコーチ、セラピストなどのサポートを受けます。では、そのようにした結果、どれだけ効果のあった人がいるでしょう。

日本人の20人に1人は鬱病で、5人に1人は一生の間に心の病になります。生きることに行きづまり2万人以上の人が毎年、自ら命を絶ち続けています。この大きな原因の1つはサポート者の技量と技術に問題があるからです。

私も僧侶になる前、カウンセラー、コーチングコーチだったことがあります。だから私はカウンセラーやコーチングのコーチの世界の実情を知っています。

私がカウンセラーやコーチングのコーチの資格を取ったときはとてもハードルが高かったのですが、2000年代に入ったころから流行するようになると、次々に団体や協会がつくられ独自の資格制度をつくるようになりました。団体や協会をつくればもっともらしく資格制度があればお金が儲かります。

もちろんちゃんとしたところもありますが、たとえば3カ月の通信講座でテキストは1センチにもならず、数回DVDを見て家でテストを受けて、それでカウンセラーと名乗れると宣伝されて、そうしている人もいます。

カウンセリングもコーチングもきちんと技量も技術もある人にかかれば、きちんと効果があります。素晴らしい効果もあります。しかし、カウンセラー、コーチングコーチと名乗っている人の質が低下してしまったのです。

ネットで調べればわかりますが、ついにそもそも素人の人がカウンセリングやコーチングをしますと言って、とても高額のお金を取るようにまでなっています。シロウトがそうして儲けられるようになる仕組みを高額で売っている人たちがいるのです。

さて、カウンセリングやコーチングのこういう状況、何かもとても似ています。そうです、マインドフルネス瞑想です。そっくりです。そして、ネット社会が進んだために、そうなるスピードがとても早くなっています。

急激に質が低下したマインドフルネス瞑想

カウンセリングやコーチングが流行しはじめた頃は、今ほどインターネットが進んでおらず、ブログ、SNSで個人がそれほど情報発信していませんでしたが、今はそうではありません。あっという間に広まります。

ブログはアクセス数を目当てに、ブームになるとほとんどそのことに知識のない、体験のない人がたくさんもっともらしく情報を書きます。少しばかりの体験ですべてがわかったように書いている場合も多いものです。

また知識だけや出回っているマインドフルネス瞑想と言われるものを多少体験して、自分のしてきた方法をマインドフルネス瞑想と宣伝する人もどんどん現われ、その人たちも情報をどんどん発信しています。人に教えるようにもなっています。

単なる呼吸法やリラックス法、以前からある一般的なヨガや心理療法などまでマインドフルネス瞑想だと言い始めるようになっています。心理学者、カウンセラー、コーチングコーチや研修講師、ヨガインストラクターなどが我はマインドフルネス瞑想を知る者なり、してきた者なりと出てきてもいます。

NHKでも「毎日のように数分の瞑想をしてきました」という心理学者を解説者にして、マインドフルネス瞑想の番組を放送してしまったりします。マインドフルネス瞑想をしてきたのではない人を出してきて??です。

次々に協会やNPO団体などもできて資格制度もつくられるようになり、通信教育の会社や研修の会社も参入してきています。これもカウンセリング、コーチングの流行パターンとまったく同じです。

マインドフルネス瞑想ブームと禅

そこに禅僧も……マインドフルネス瞑想がブームになって一気に活気づいている禅です。禅=マインドフルネス瞑想ではないのに、禅僧の一部からしたら禅の面も含んでいるので禅をはやらせ、お寺の活性化にもなるチャンスです。

そして本気で禅=マインドフルネス瞑想と思い込んでいる僧もいます。やり方は同じだと思っている僧がいます。

禅の坐禅を修した人が、どうして禅=マインドフルネス瞑想と言えるのか。禅とはどのようなものか、安泰寺のネルケ無方老師の次の文を読んでいただきたいものです。ネルケ無方老師「禅と心」。マインドフルネスを批判なさっているからこそ、禅とは何か、禅のすごさも伝わってくるように思います。

ネルケ無方老師

私は禅を低いものと申し上げているわけではけしてありません。禅=マインドフルネス瞑想としてしまう曖昧さや誤解は、本来の禅の素晴らしさを曇らせてしまいます。本来の禅がすたれてしまうのではないとかと危惧するのです。

マインドフルネス瞑想も禅も真に人に役立つものとなっていくためには、今一度、本来どういうものかを明らかにして、これから発展していく必要があるでしょう。

そのために、現代版の本来のマインドフルネス瞑想は、どういう経緯でできてきたものか振り返ってみます。

現代版のマインドフルネス瞑想の開発経緯

これも有名な話になりましたが、マインドフルネス、マインドフルネス瞑想と言われるようになったのは、ベトナム僧でアメリカに亡命しているティク・ナットハン氏がアメリカでマインドフルネスを広め始めました。

同じころ、チベットや中国、韓国、日本のような北伝仏教とは異なる、南伝仏教のミャンマーなどの仏教国の瞑想センターがアメリカなどにヴィパッサナー瞑想の瞑想センターをつくるようになりました。

そして、もっとも広がることなった大きな機会が、アメリカのマサチューセッツ工科大学のジョン・カバットジン医学部教授がマインドフルネスストレス低減法を構築して、クリニックで患者たちに活用はじめたことです。

ダライ・ラマ十四世とジョン・カバットジン教授

このストレス軽減法は、認知療法に流用されたり、ビジネスパーソンに受け入れられやすいように変えられてGoogleなどアメリカの企業にマインドフルネス瞑想として入っていきました。それがブームのきっかけになりました。

さて、重要な点は、カバットジン教授がこのマインドフルネスストレス低減法をつくることになったきっかけと、方法の骨子です。

カバットジン教授は、長年、ヨガや禅をしていました、長年。しかしここまでだったら、マインドフルネスストレス低減法、マインドフルネス瞑想はできませんでした。カバットジン教授は、ヴィパッサナー瞑想を体験します。この体験からマインドフルネスストレス低減法が生まれます。

仏教には2種類の瞑想があります。一つはサマタ瞑想と言い、今の禅の坐禅はほぼサマタ瞑想です。サマタ瞑想は集中の瞑想です。「今ここに」徹底的に集中する瞑想です。

坐禅

そして、もう一つの瞑想は気づきの瞑想のヴィパッサナー瞑想です。カバットジン教授はヴィパッサナー瞑想を体験して、マインドフルネスストレス低減法をつくりました。そして、ストレス低減法にはヴィパッサナー瞑想の要素が入っています。

つまり、マインドフルネス瞑想には、ヴィパッサナー瞑想の要素が欠かせないのです。それがないのは違うものです。サマタ瞑想だけでは足りないのです。禅だけでは足りないのです。

マインドフルネス瞑想とブッダ、仏教

マインドフルネス瞑想は宗教色のないもの、宗教色を排除したことで広まっていると言われます。でもカバットジン教授は、そうしないとアメリカの患者たちは実践しない、普及しないので、仏教色を排除したように発言してます。

興味深いのは、教授はサマタ瞑想をして、そしてヴィパッサナー瞑想をして、この瞑想が人々の苦痛を緩和することに効果があるとわかり、マインドフルネスストレス低減法、マインドフルネス瞑想を構築したわけですが、お釈迦様も同じ順番なのです。

お釈迦様は、人が苦しむことから脱するにはどうしたらよいのか答えを求めて、29歳のとき王子の地位を捨てて出家しました。そして、まずサマタ瞑想の聖人2人にサマタ瞑想を習い、サマタ瞑想での最高の境地に至ります。

しかし、サマタ瞑想では答えに足りないと気づきます。次に、ヨガ行者のような死の間際までの過激な苦行を何年もしますが、それは答えを見つけるにはふさわしくないと気づきます。

マインドフルネス瞑想は仏教のサマタ瞑想ヴィパッサナー瞑想がもと

そうして、菩提樹の下に坐り瞑想をはじめました。

そして8日目に答えを覚りました。このときにしていた瞑想がヴィパッサナー瞑想です。

お釈迦様もカバットジン教授と同様に、サマタ瞑想をして、その後、ヴィパッサナー瞑想をして、人が苦しむことなく生きていかれる生き方と瞑想法の八正道を構築したのです。それにはサマタ瞑想とヴィパッサナー瞑想の両方が入っています。

つまりマインドフルネス瞑想というなら、ヴィパッサナー瞑想の要素がなければいけないのです。プラス、サマタ瞑想の要素も入っている。そうではなく他の瞑想を持ってきてマインドフルネス瞑想と言うのは、厳しく言えば海賊版以下かもしれません。

本来のマインドフルネス瞑想の本当の効果・価値とは

サマタ瞑想は「今ここに集中する力」を養い、そうすることでの効果があります。ヴィパッサナー瞑想は「今ここの瞬間のあるがままを正しく気づける、理解する力」を養う瞑想です。

サマタ瞑想は、今の五感、心をまっさらにしてする瞑想で、そういられることを目指すものです。先に説明したように、今のままの五感、心は汚れているからです。

ヴィパッサナー瞑想は瞬間瞬間に起きる心身の現象にその瞬間瞬間に気づき、平静に観察し続ける瞑想法で、人間が変化して、あるがまま正しく気づけるようになる、平静にいられるようになる瞑想です。

そうしていくことでこれまでの自分を変える、人生を変えるノウハウやセラピーとは異なる変化、段違いの変化が生まれてきます。

マインドフルネス瞑想は従来のノウハウやセラピーとは違うレベルの効果

それらのほとんどは意思の力により表層意識、顕在意識を自覚して、意思の力で顕在意識で思考・行動を変えようとするものです。

しかし悩み苦しみを経験し、変わりたい、でも変われないともがいた人は意思の力、顕在意識で自分の間違いを自覚したり、思考や行動を変えられない、それでは済まないと知っているはずです。

でも、出回っているもの多くは違うので、悩み苦しみながら違うものに手を伸ばし続け、悩み苦しみ続けることになってしまいます。時間もお金もかけて。

人間は、顕在意識の意図的な思考による価値観や行動の転換では、なかなか変われるものではありません。「変われた」と思うときもありますが、生きている毎日、人生を変えようというのであれば、脳の潜在意識の回路、動物脳まで変える必要があります。

私たち人間は、意図的な思考や意思の顕在意識で生きている面はほんのわずか、潜在意識、深層意識と動物脳の自動反応によって、瞬間瞬間生きている面、時間がほとんどだからです。

言うなれば、私たちのメインコンピュータは脳の潜在意識、深層意識、動物脳。メインコンピュータがそのままでは、あなたは、あなたの人生は変わりません。

また「潜在意識から変わる」「脳科学をもとにした」というノウハウもみかけますが、ちょっとのことで可能等々と宣伝して人を呼び込んだり、科学的検証のないものが氾濫しています。

そして、顕在意識で変わろうとするものも潜在意識からというものも、自分だけで自力でできる手段を持てないために、サポート者に繰り返しサポートを受け続ける依存する形になってしまう場合が少なくありません。

本来のマインドフルネス瞑想は自然に「人間」を根本から変えるもの

それに対して本来のマインドフルネス瞑想は、真に潜在意識から変われる、動物脳の制御力もあがる技術、訓練法で、それも自分でできる手段を持てる技術、訓練法です。

現代版のマインドフルネス瞑想はアメリカでサマタ瞑想+ヴィパッサナー瞑想をもとに構築され、いずれもストレス緩和医療や、精神医学、脳科学で効果が科学的検証されてきました。

そして、本来のマインドフルネス瞑想は強力に「人間」を中身から変えるものです。生物学的に変えます。脳の可塑性と言って脳は変化するものだとかなり前からわかっていますが、本来のマインドフルネス瞑想は脳を変えます。

本来のマインドフルネス瞑想のし方で正しく瞑想を続けて現れる変化・効果

リラックスできる、集中できるようなる、集中力が高くなる、免疫力が高まるなどだけでありません。

脳が変わります。潜在意識、深層意識が変わります。パソコンの中の構造や配線が変わるように、脳の構造・配線が変わるとイメージするとよいでしょう。

脳科学、脳の変化、潜在意識とマインドフルネス瞑想

構造・配線が変われば、表れるもの・表れないものが違ってきます。

潜在意識を変えることは、本来のマインドフルネス瞑想以外では、相当な期間を要するかできないですが、本来のマインドフルネス瞑想は脳が変わり、それを静かに速やかにかなえます。

マイナス思考が根底から変わる

本来のマインドフルネス瞑想をできるようになれば、暮らしていてマイナスの思いや感情になりはじめたら、すぐにそれを停止させることができるようになります。

繰り返し思い出してはマイナスな考えや感情になっていることがあるなら、そうなっている潜在意識・脳のネットワーク回路が変わり、同じことをマイナスに思い起こさなくなったり、思い起こすこと自体がなくなります。

痛み・苦しみが根底から変わる

マインドフルネス瞑想によって、体の部分の痛みや違和感も緩和されます。痛みや苦しみがあっても、苦しまず観ていられるようにもなります。そして、痛みや違和感が消えてしまうこともあります。

情動が変わる

自分に現れる思考・感情に気づけるようになるとともに平静に気づいていられるようになります。感情にふりまわされないようになれます。

また、記憶によって引き起こされていた体の痛みや違和感が消えると、その記憶がもとになっていた情動全体が減少したり起きなくなることも起きます。例えば、怒りや不安などの情動全体が減ったり無くなります。

智慧が生まれてくる

生まれてくるというのは、知識として知っているとは違うレベルということです。すべては変化する、無常であること、すべては無我であることの理解を、理屈ではなく意識下に持つようになります。智慧が生まれてきます。

そして、しだいに日常にいて、静かな安心や安定がもたらされるようになり、焦り、不安、イラダチ、怒り、不満等々のネガティブな情動は起きない人に変わります。慈悲の心も現れてきます。

また、智慧によって物事をとらえ判断できるようになります。

見える・聞こえる・感じるが変わる

脳の構造・配線が変わり処理能力が高くなり、速度は速くなります。処理能力が高く、処理スピードの速いパソコンに変わるとイメージするとわかりやすいかもしれません。

これまで気づかなかったことに気づくようになります。たとえば、暗闇の中をゆっくりと進んでいるカタツムリの気配にさえ気づけるようになったりします。

これまでの見え方や聞こえ方とは異なる次元で見えるように聞こえるようになります。

たとえば音をただの音としてではなく、数十メートル離れたスピーカーが振動して、その振動が空気を伝わって、その振動を耳が受け止め、脳が音と認識するプロセスとしてわかるようになります。

そうして、智慧とともに、真のあるがままに気づける人、気づいている人になります。真のマインドフルネスな人間になります。

高次元での自己コントロール力、脳の休息と有効化、静けさ

自分の思考・感情、動作が生まれる瞬間をとらえられるようになり、高い次元での自己コントロールが可能になります。

脳は休まり疲れなくなります。私たちの疲労は体の疲労ばかりではありません。脳も疲労します。疲労した脳は十分な働きができないため、その状態では私たちは十分に活動できないばかりか、ミス、不適切な判断やことをしてしまいます。脳の疲労は体も疲れさせています。

脳が休まる一方で、脳のネットワークが適正に働くようになり、より有効に機能するようになります。

そして、静けさ。脳はその可能性を段違いに発揮するようになりながら、静かです。静かな脳は安らぎ、安心、安定を与えてくれます。

本来のマインドフルネス瞑想は一生の宝になる

本来のマインドフルネス瞑想は、こうして、あなたを根底から変え、変わったあなたの毎日、人生は変わります。

私たちは、ストレス、葛藤のとても多い社会で生きています。日々、常に、心身はストレス、葛藤にさらされています。私たちは心身を守らなければいけません。

本来のマインドフルネス瞑想は私たちの心身を守る技、力になります。一度、身につければ、一人でいつでもどこでもできて自分を守れるようになれます。一生の宝になります。

おわりに

ここまでみてきたように本来のマインドフルネス瞑想はヴィパッサナー瞑想の要素が欠かせません。そしてサマタ瞑想も含んでいます。

私は禅僧でサマタ瞑想を修してきました。そしてミャンマーで本場のヴィパッサナー瞑想を修行して、劇的な変化、潜在意識・脳が変わる経験をし、洞察智も得られ智慧の階段も上ることができました。真のマインドフルネスを会得しました。

こうして私は、本来のマインドフルネス瞑想だからこそ得られるものを知っています。そのすごさ、素晴らしさを実体験から知っています。

ちまたに出回っているお手軽な瞑想法や本来のマインドフルネス瞑想の要素がない瞑想法で満足してしまうことも可能です。たいていの瞑想は、すれば、しないより気持ちが良かったり、何らか異なる感じを感じられます。

しかし、私は知ってしまっているので、皆さんにぜひ、本来のマインドフルネス瞑想をできるようになってほしいと思います。

あなたが、本来のマインドフルネス瞑想を学べ、身につけられるよう願っています。

生きとし生けるものが幸せでありますように

苦しみから解放されますように