マインドフルネス瞑想で危険やマイナスにならないには「文脈」が大事
マインドフルネス瞑想はメリットや良い情報ばかりが目立つが実際そうなのだろうか。
実は心理学者から、かなりの危険な状態やかえってマイナスになることも少なくないと報告がある。
心理学者によるマインドフルネス瞑想のマイナス報告
アメリカのコベントリー大学のミゲル・ファリアス准教授
瞑想をした人の約8%には好ましくない影響があった
瞑想によって、むしろ日々の生活の不安の増大や、中にはパニック発作まで発症する人もいた。中には精神的な異常や死にたいという感情を抱いた人までいた
ニューヨーク州立大学バッファロー校マイケル・プーリン心理学部准教授
実践者をより良い人間に、より寛大で親切な人間にすると多くの人が考えているが、より利己的になる人もいる
比較的相互依存的な被験者でマインドフルネス瞑想をした人は17%がより寛大に
一方、比較的個人主義的な被験者でマインドフルネス瞑想をした人は、他人のために時間を費やすことに15%がより消極的に
何がマインドフルネス瞑想を安全で適切にするのか?
上記のプーリン准教授は次のように言っている。
「アメリカのマインドフルネスブームはいわば根無し草。マインドフルネスのルーツは仏教にあるが、アメリカではもっぱら世俗的な文脈でその効用が語られている」
問題は「文脈」だ。
マインドフルネス瞑想の取組みを左右する根っこの「文脈」
文脈とは、瞑想をどのような目的として、どう暮らしの他の事もあわせて取組むかである。
プーリン准教授はアメリカ的なマイントフルネス瞑想の取組みの文脈は根無し草、「マインドフルネスのルーツは仏教にあるが」と、元々のマインドフルネスはしっかり根っこがある文脈と指摘している。
では、元々の本来の仏教のマインドフルネスの文脈とはどういうものなのか。
マインドフルネス瞑想の成果を適正にする本来の文脈
マインドフルネス瞑想を、最近アメリカでつくられたものとしていることも時々見かける。しかし、プーリン准教授が言うようにルーツは仏教、古くからのものだ。
マインドフルネスは、1800年代の後半に、イギリスの原始仏典の言語の学者が仏教の正念(しょうねん)のことをマインドフルネと英訳した。
マインドフルネス=正念は、八正道(はっしょうどう)という8つの項目からなるものの中の1つだ。
八正道は、安心で、より良い人生を生きられるようになるための現実的・合理的な実践ノウハウ。本来のマインドフルネスはその文脈の中にあること。
つまり、もともとのマインドフルネスは、世俗的な一部の効用目的ではなく、人としての全体、生きること全体をよくすることを目的にした文脈のものだ。
そして、正念の技術・力を開発するのがマインドフルネスの瞑想、マインドフルネス瞑想。元祖マインドフルネス瞑想はヴィパッサナー瞑想という。
仏教の本来のマインドフルネスの文脈「八正道」とは
八正道について少し詳しく説明しておく。八正道は仏教の中の最重要なことで、より良く生きられるようになる最勝の道とも言われる。
八項目のセットで、苦悩し続けることから離れられ、平安に幸福に暮らせるようになれる実践法になっている。修行者の場合は悟り、解脱のための実践法でもある。
八正道は「戒定慧(かいじょうえ)」の分類になっていて、正語、正業、正命が「戒」、正精進、正念、正定が「定」、正見、正思惟が「慧」である。
戒をまもり身口意による三悪から離れて善の生活を生きるように心がけることで、定を助け、定の心によって智慧が発現されて、智慧によってすべての事柄の真実の姿を見極められるようになる…
瞑想は「定」の正念と正定のためのトレーニング。なので、八正道のような文脈で取組むことが望ましく、安全性が高くなるとともに、適切な方向性で効果・変化が現れてくるようになる。