ここまで学んできた、相手の言葉と感情を受け取る傾聴、ラポール形成の技術は、相手の心を開くための大切な力でした。しかし、本当に聴く力が育つと、それだけでは終わりません。
聴くことで、相手の中にあるものを引き出し、相手自身に気づきをもたらすことができるようになります。これが、コーチング的「深い傾聴」の世界です。
聴くことは、引き出すこと
人は、誰かに本当に聴いてもらったとき、自分自身で気づき、変化していく力を持っています。
だから、深い傾聴では──
- 相手を変えようとしない
- 相手を正そうとしない
- 相手の中から自然に出てくるものを、「引き出す」ことを意識するのです。
聴くこと自体が、相手の思いや気づきを育てる土壌になります。
ティーチングとコーチングの違いを意識する
ひとつ大切な違いを確認しましょう。
ティーチングは「教える」こと、コーチングは「引き出す」ことです。
ティーチャー(教師)は、自分が知っていること、伝えたいことを話題にします。一方、コーチは、相手の中にある考えや感情、経験を、相手自身の言葉で引き出すことを目的とします。
だから、深い傾聴では、
- 自分が主導して話題を与えるのではなく、
- 相手の内側から自然に生まれてくるものを、そっと受け止め、支える。
そして、相手が話すことで、自分自身で気づきに到達できるように、空間を整えていきます。
コーチング的傾聴に必要な3つの柱
深い傾聴には、次の3つの要素が欠かせません。
1.沈黙を尊重する
相手が言葉を探しているとき、つい助け船を出したくなるかもしれません。
でも、沈黙には、大きな意味があります。
- 自分の内側を探している時間
- 自分の言葉を見つけようとしている時間
だから、急かさず、静かに待つ。「待つ力」が、相手に自分で気づく余白を与えます。
2.オープンクエスチョンで広げる
深い傾聴では、相手の世界を広げるための問いかけが大切です。特に、
- はい/いいえで終わらない、
- 自由に考え、感じられる「開かれた質問」を使います。
【 問いかけ例 】
- 「そのとき、どんな気持ちだったんですか?」
- 「それを経験して、何か気づいたことはありましたか?」
答えを急がず、相手が自分で言葉を見つけていけるよう、そっと支えます。
3.承認する
話してくれたこと、気持ちを言葉にしてくれたこと、その一歩一歩を、心から認め、承認する。
【 承認の言葉例 】
- 「話してくれてうれしいです」
- 「その気持ち、大事にしたいですね」
- 「ここまで考えてきたあなたはすごいですね」
評価ではなく、存在そのものを尊重することが、相手の自己肯定感を支えます。

引き出す傾聴を試してみよう
日常の中で、小さな実験をしてみましょう。
【 実験テーマ 】
- 誰かの話を聴くとき、沈黙を尊重し、待つ
- 開かれた質問を一つだけ投げかける
- 相手の話を受け止め、短い承認の言葉を添える
このとき、アドバイスや正解を与えようとせず、相手の中から自然に生まれる言葉を、温かく引き出すことを意識しましょう。
【 ふりかえり問いかけ 】
- 相手が話しやすくなる瞬間はありましたか?
- 相手の表情や雰囲気に、どんな変化がありましたか?
- 自分自身の気持ちは、どう変化しましたか?
小さな変化を、大切な発見として受け止めましょう。

コーチング的な深い傾聴とは、
- 相手の中にあるものを引き出し、
- 相手が話すことで、自分自身に気づいていくのを支えること。
教えるのではなく、引き出す。導くのではなく、寄り添う。その静かな関わりが、やがて相手の成長と変容を育んでいきます。
次のセッションでは、さらに──「聴く」と「受け止める」の違い ― 自分を守りながら聴く力について学びます。