大切な猫の絵をお描きします
タイトル

猫以外の絵も受けつけています
プレゼントにも喜ばれています

全国対応。絵にする写真を郵便または写真のデータをメールでお送りください。通常、3週間ほどで完成します。

絵に描かれた猫は写真とは違うあたたかみや柔らかさがあります。

どうして猫の絵を
描いているのか

猫を好きな方々が飼い猫をどんなに大切に思っているか知っているからです。

瑞雲の代表の森信人です。絵は私の娘が描かせていただきます。

私と娘は、猫との関わりが深く、猫にとても感謝していて、猫が大好きで、猫を大事に思う方々に大事な猫の姿の絵を毎日ながめて暮らしてほしいと思うからです。

私と娘の猫との深い関わり

私と娘と猫の関わりについて、お話させてください。

私と娘を支えてくれた猫のチータ

チータは平成6年、まだ生まれたばかりだと思われるときに、当時住んでいた家の近くのお寺でひろってきました。後ろ足一本としっぽがつぶれていました。

ミルクをあげて、ミャーミャーとなき続けるのを、一晩、様子を見ていてあげて、翌日、病院に連れていきました。手術をしましたが治らず、チータは後ろ足が一本なくて、しっぽが短い猫になりました。でも、とてもとても元気な猫でした。

愛猫のチータ

私と娘は娘が4歳のときから、親きょうだい、誰にも頼れない二人きりの暮らしになりました。娘にとっては突然のことでした。

娘が寂しい思いをせずに、笑顔でいらせて、大きくなれたのはチータがいてくれたおかげでした。私が一人親で娘を育てられたのはチータのおかげでした。チータはいつもいつも娘に寄り添ってくれていました。

娘もチータを幼いときからチータ、チータとかわいがり、保育園のときからチータを絵に描くようになり、小学4年生になり親子二人きりの私との連絡用に携帯電話を持つようになると、携帯でチータの写真を毎日撮るようになりました。

また、私がブログを書いているのを隣りで見ていて自分もブログをしたいと言い出して、チータを主人公にしたアニメをペイントでつくって投稿をしたりしはじめました。

猫好きブログ

娘を絵の道に導いてもくれたチータ

さて、こういうことがきっかけで、娘はアニメ作家になりたいと考えるようになり絵を習うようになりました。それがだんだん本格的になり画家の道を目指すようになりました。

高校生のときには大阪府の優秀賞、最優秀賞を受賞し、国公立の屈指の美大に合格し、入試試験の課題で描いた絵が大学のホームページに手本として掲載されました。石川県現代美術展やアートムーブコンクールなどに入選もしました。

チータはひろってきてから21年、私と娘を癒し支え続けてくれました。導いてもくれました。チータが死んで、娘はとてもショックを受けました。私もショックでした。

亡くなった猫のチータが私をお坊さんに

チータが死んだ半年前位前から、私はお坊さんになろうと真剣に考えるようになっていました。そして、チータが死んでですぐの頃、知人から曹洞宗の元管長の板橋興宗禅師という高名な禅僧が福井の御誕生寺の住職をしているという話を聴きました。

そして、何気なく娘にこの話をしたところ、娘は「え!」と驚いた声を出して、「御誕生寺って猫寺で有名なんだよ、行ってみたい」と言いました。チータが死んで寂しい思いをしている娘です。私は「じゃあ、行ってみよう」と即答しました。

チータがきっかけで御誕生寺を訪問

数日後、レンタカーを借り2人で御誕生寺に行きました。クリスマスイブの日でした。

猫寺・御誕生寺

御誕生寺に着きましたが、寒いせいもあってか、猫たちの姿がまったくありません。娘は境内を歩き回って探しています。

がっかりしている娘がかわいそうで、私も猫を探しました。寺務所の中をのぞくと数匹の猫がいました。娘を誘って、私と娘は寺務所に入りました。

娘が猫や猫グッズを見ている間、私は坐っておられた人と話すことになりました。その方は副住職でした。そして「うちの方丈(ほうじょう)さんに会いますか」とおっしゃいました。

「方丈?」…しばらくピンとこなかったのですが、方丈とは住職のこと。副住職はなんと板橋禅師に会いますかと私にたずねてくださったのでした。

板橋禅師様
板橋禅師様

娘とともに板橋禅師の部屋に入り、禅師様の前に座ると、禅師様はニコニコと笑顔で、幾度も幾度も私がここに来たことを「不思議だなぁ、不思議な縁だなぁ」とおっしゃられて、私が僧侶になることをその場で認めてくださいました。

帰りの車の中、私と娘は「びっくりだよ、パパ、お坊さんになれることになったぁ。チータが連れて来てくれたんだね。チータのおかげでお坊さんになれるよ」と話しをしました。

猫寺・御誕生寺でお坊さんに

次の写真は、板橋禅師に出家得度していただいた後に撮っていただいた写真です。私は、猫寺で全国的に有名な福井県の御誕生寺で禅僧になりました。

得度式で板橋禅師と

そして、僧堂という場で暮らす修行も御誕生寺ですることになりました。

僧堂生活が始まるとすぐ、ある先輩に私はとても気に入られることになりました。その人は怒って怒鳴ってばかりいる人で他の人たちからけむたがられていました。

私にも初めはそうでしたが、あることがあってから私には優しくいろいろ個人指導もしてくれるようになりました。

その先輩がある日、こう言いました。「君にしか任せられない、命がかかっているからな。君には任せられる」と。

猫寺・御誕生寺の猫担当に!

先輩が任せられると言ったのは猫担当でした。その先輩は猫担当で、先輩は私が猫の世話をする姿勢を認めてくれて、私には親切にしてくれるようになっていたのでした。

ということで、私は猫寺の御誕生寺で猫担当になって、毎日毎日、猫たちの世話をすることになったのでした。そしてなんと、私に任せると言った翌日、突然、先輩は僧堂から去って行ってしまいました。

御誕生寺の猫は30匹以上! 大至急、30匹以上の猫を見分けて名前も覚えないといけません。ちなみに、御誕生寺の猫たちは、病気の猫以外は外飼い、広い境内で自由にしています。

猫寺の御誕生寺で猫係に
猫寺の御誕生寺で猫係に

毎日、朝と昼の食事、水やり、ゲージやトイレの掃除、目の悪い猫に日に3回目薬をしてあげて。具合の悪くなった猫や捨て猫がいたら、すぐに片道50分かけて車で動物病院にも行っていましたが、週に1度位の頻度でありました。

春に暖かくなってきて寒くなる秋までは、毎月1回、30匹以上の猫、一匹一匹の首にダニ防止の薬をつける必要がありました。どの猫も黙ってつけさせてはくれません。毎月1週間近くは猫を追いかけての大格闘でした。

でも、猫と過ごせることが楽しくて、「チータ、猫たちの世話をしてるよ、チータがそうなるようにしてくれたんだね、ありがとうね」といつも独り言を言っていました。

御誕生寺の看板猫のレオとの出会い、そして別れ

そして、写真は御誕生寺の本やカレンダーの表紙になっていたレオです。

御誕生寺のレオ
レオ

レオには、毎日、腎臓病の点滴と、ガンの手術後の傷が治らず血が出てきてしまう耳を拭いてあげていました。2週間に一度は動物病院に診断に連れていっていました。

レオは、しだいに思うように食べられなくなって、食べられるエサを探してあげてあげたり、体を洗ってあげて、温かな日差しの日は表で散歩させてあげていました。レオは私によくなついてくれて甘えてくれました。

ある日、私がゲージにレオを入れようとしたとき、レオがまだゲージの外にいたそうにしました。もう少しいさせてあげようかなと思いつつ、私は法要の個人練習がしたくてゲージにレオを入れました。「レオ、お休み」と声をかけるとレオは私の顔を見ていました。猫小屋から出る私のこともレオは見ていました。

次に日、朝一番に見に行くと、レオは冷たくなっていました。

どうして、もう少しゲージの外で過ごさせてあげなかったのか、一緒にいてあげればよかった、最期を独りにしてしまったと、私は後悔に泣きくれました。昨日の晩、気になりながら、自分が法要の練習したい気持ちに流された…、そんな自分が情けなくて泣きました。

私が無事に僧堂での修行生活をできたのは、レオのおかげ、30匹以上の猫たちのおかげ。御誕生寺に導いてくれたチータのおかげ、チータ、ありがとう。猫たち、ありがとう。

そして、家に帰っても猫たち

生まれたときからチータと一緒に暮らしてきた娘。チータが亡くなり私が僧堂に入ると独りになってしまうので、入る前に捨て猫のボランティアさんから猫をもらい受けていました。

はじめはインターネットでキジトラを見つけて、その猫に会いに行きました。すると、その猫のきょうだいの黒猫がいました。「きょうだいを引き離して一匹ずつにするのはかわいそうだね」と娘となり、2匹とももらい受けました。

キジトラのサスケと黒猫のニッカ。

我が家の猫のサスケくんとニッカ

僧堂生活から帰ってきて家に入り、私は2匹に「サスケぇ、ニッカぁ」と声をかけました。そして私の部屋のドアを開けると、ん? 何かがいてベッドの下へ入っていきました。

娘に「何かいるよ」と言うと、「猫、ひろったぁ」とあっけらかんと娘。「は」と私は口をあんぐり。いつも通る道で子猫がいるとみかけて、何日か様子をみていても、その一匹だけでいて鳴いているから、ひろってきたとのことでした。

「名前は?」」とたずねると、「ムギ」との答え。名前もちゃんと決まっていました。このムギが、とても人なつっこくて、私が何かをしていると横に来てちょこんと座って見ていたり、肩にものぼってきて、かわいいこと、かわいいこと。

我が家のムギと私

なんとなく、チータがムギになって、また来てくれたように思うことがあります。

さて、3匹、家の中で自由きまま。追いかけ合って走り回るは、好き放題のところで眠るは。じゃれ合うことがエスカレートしてケンカをすることもあるれけれど、写真のように3匹で仲良くしていて、それを見て私も幸せ気分になります。

我が家の仲良しの猫たち

娘も、3匹がかわいくて幸せにしていて、それでまた私は幸せ。

猫たち、ありがとう、感謝なのです。

絵の見本

猫の絵の見本

あなたの猫の絵を描きますの見本
猫の油絵を描きます 見本1
猫の油絵を描きます 見本2
猫の油絵を描きます 見本3
猫の油絵を描きます 見本4
猫の油絵を描きます 見本7
猫の油絵を描きます 見本2
猫の油絵を描きます 見本9

その他の油絵の見本

写真だと見間違うような精密な絵を描くことができます。

ペットの絵を描きますの参考の絵1
ペットの絵を描きますの参考の絵
ペットの絵を描きますの参考の絵

これらもすべて油絵です。

ペットの絵を描きますの参考の絵
ペットの絵を描きますの参考の絵

あなたの猫、ペットの絵の入手までの流れ

絵が届くまでは次のような流れになります。

1 お申込手続

下記の専用のフォームでお申込みください。

2 お支払の手続

クレジットカード、コンビニ決済、銀行振込、ペイパル、楽天ペイから選べます。

クレジットカードの分割払いには対応できていないので、分割が必要な場合は、お支払手続後、各クレジットカードのリボルディング払いでの分割のご利用をご検討ください。

3 写真の送付

描くご希望の写真(データも可)を送ってください。絵にしてほしい写真と、それ以外に数枚、猫の姿を理解するために送ってください。

写真の送付先の住所やメールアドレスは、お申込の後に届くメールをご覧ください。

4 途中での確認

描いている途中の絵を撮影してメールに添付してお送りしますので、ご確認ください。

5 絵を受けとる

絵は、写真の到着から通常1カ月以内にお送りします。着日やお届け住所(海外不可)を指定していただけます。発送時にメールでご連絡します。

猫、ペットの絵の料金

猫はおあずかりする写真の通りに描きます。背景は写真のままか、なしか選べます。

下記の料金は、キャンパス代と送料、消費税込を含んでいます。

  • S6号 410×410mm 44,800円
  • F8号 455×380mm 44,800円

これ以外のサイズをご希望の場合はお見積もりいたします。下記の申込でご希望のサイズをご連絡ください。

猫、ペットの絵のお申込手続

次のフォームからお申込みください。

<以下、参考>

どうして猫の絵を描いているのか

瑞雲の代表の森信人です。

どうして皆様の愛猫の絵を描かせていただいているのか。

猫を好きな方々が飼い猫をどんなに大切に思っているか知っているからです。

私と娘は、猫との関わりが深く、猫にとても感謝していて、猫が大好きで、猫を大事に思う方々に大事な猫の姿の絵を毎日ながめて暮らしてほしいと思うからです。

私と娘の猫との深い関わり

私と娘と猫の関わりについて、お話させてください。

私と娘を支えてくれた猫のチータ

チータは平成6年、まだ生まれたばかりだと思われるときに、当時住んでいた家の近くのお寺でひろってきました。後ろ足一本としっぽがつぶれていました。

ミルクをあげて、ミャーミャーとなき続けるのを、一晩、様子を見ていてあげて、翌日、病院に連れていきました。手術をしましたが治らず、チータは後ろ足が一本なくて、しっぽが短い猫になりました。でも、とてもとても元気な猫でした。

愛猫のチータ

私と娘は娘が4歳のときから、親きょうだい、誰にも頼れない二人きりの暮らしになりました。娘にとっては突然のことでした。

娘が寂しい思いをせずに、笑顔でいらせて、大きくなれたのはチータがいてくれたおかげでした。私が一人親で娘を育てられたのはチータのおかげでした。チータはいつもいつも娘に寄り添ってくれていました。

娘もチータを幼いときからチータ、チータとかわいがり、保育園のときからチータを絵に描くようになり、小学4年生になり親子二人きりの私との連絡用に携帯電話を持つようになると、携帯でチータの写真を毎日撮るようになりました。

また、私がブログを書いているのを隣りで見ていて自分もブログをしたいと言い出して、チータを主人公にしたアニメをペイントでつくって投稿をしたりしはじめました。

猫好きブログ

娘を絵の道に導いてもくれたチータ

さて、こういうことがきっかけで、娘はアニメ作家になりたいと考えるようになり絵を習うようになりました。それがだんだん本格的になり画家の道を目指すようになりました。

高校生のときには大阪府の優秀賞、最優秀賞を受賞し、国公立の屈指の美大に合格し、入試試験の課題で描いた絵が大学のホームページに手本として掲載されました。石川県現代美術展やアートムーブコンクールなどに入選もしました。

チータはひろってきてから21年、私と娘を癒し支え続けてくれました。導いてもくれました。チータが死んで、娘はとてもショックを受けました。私もショックでした。

亡くなった猫のチータが私をお坊さんに

チータが死んだ半年前位前から、私はお坊さんになろうと真剣に考えるようになっていました。そして、チータが死んでですぐの頃、知人から曹洞宗の元管長の板橋興宗禅師という高名な禅僧が福井の御誕生寺の住職をしているという話を聴きました。

そして、何気なく娘にこの話をしたところ、娘は「え!」と驚いた声を出して、「御誕生寺って猫寺で有名なんだよ、行ってみたい」と言いました。チータが死んで寂しい思いをしている娘です。私は「じゃあ、行ってみよう」と即答しました。

チータがきっかけで御誕生寺を訪問

数日後、レンタカーを借り2人で御誕生寺に行きました。クリスマスイブの日でした。

猫寺・御誕生寺

御誕生寺に着きましたが、寒いせいもあってか、猫たちの姿がまったくありません。娘は境内を歩き回って探しています。

がっかりしている娘がかわいそうで、私も猫を探しました。寺務所の中をのぞくと数匹の猫がいました。娘を誘って、私と娘は寺務所に入りました。

娘が猫や猫グッズを見ている間、私は坐っておられた人と話すことになりました。その方は副住職でした。そして「うちの方丈(ほうじょう)さんに会いますか」とおっしゃいました。

「方丈?」…しばらくピンとこなかったのですが、方丈とは住職のこと。副住職はなんと板橋禅師に会いますかと私にたずねてくださったのでした。

板橋禅師様
板橋禅師様

娘とともに板橋禅師の部屋に入り、禅師様の前に座ると、禅師様はニコニコと笑顔で、幾度も幾度も私がここに来たことを「不思議だなぁ、不思議な縁だなぁ」とおっしゃられて、私が僧侶になることをその場で認めてくださいました。

帰りの車の中、私と娘は「びっくりだよ、パパ、お坊さんになれることになったぁ。チータが連れて来てくれたんだね。チータのおかげでお坊さんになれるよ」と話しをしました。

猫寺・御誕生寺でお坊さんに

次の写真は、板橋禅師に出家得度していただいた後に撮っていただいた写真です。私は、猫寺で全国的に有名な福井県の御誕生寺で禅僧になりました。

得度式で板橋禅師と

そして、僧堂という場で暮らす修行も御誕生寺ですることになりました。

僧堂生活が始まるとすぐ、ある先輩に私はとても気に入られることになりました。その人は怒って怒鳴ってばかりいる人で他の人たちからけむたがられていました。

私にも初めはそうでしたが、あることがあってから私には優しくいろいろ個人指導もしてくれるようになりました。

その先輩がある日、こう言いました。「君にしか任せられない、命がかかっているからな。君には任せられる」と。

猫寺・御誕生寺の猫担当に!

先輩が任せられると言ったのは猫担当でした。その先輩は猫担当で、先輩は私が猫の世話をする姿勢を認めてくれて、私には親切にしてくれるようになっていたのでした。

ということで、私は猫寺の御誕生寺で猫担当になって、毎日毎日、猫たちの世話をすることになったのでした。そしてなんと、私に任せると言った翌日、突然、先輩は僧堂から去って行ってしまいました。

御誕生寺の猫は30匹以上! 大至急、30匹以上の猫を見分けて名前も覚えないといけません。ちなみに、御誕生寺の猫たちは、病気の猫以外は外飼い、広い境内で自由にしています。

猫寺の御誕生寺で猫係に
猫寺の御誕生寺で猫係に

毎日、朝と昼の食事、水やり、ゲージやトイレの掃除、目の悪い猫に日に3回目薬をしてあげて。具合の悪くなった猫や捨て猫がいたら、すぐに片道50分かけて車で動物病院にも行っていましたが、週に1度位の頻度でありました。

春に暖かくなってきて寒くなる秋までは、毎月1回、30匹以上の猫、一匹一匹の首にダニ防止の薬をつける必要がありました。どの猫も黙ってつけさせてはくれません。毎月1週間近くは猫を追いかけての大格闘でした。

でも、猫と過ごせることが楽しくて、「チータ、猫たちの世話をしてるよ、チータがそうなるようにしてくれたんだね、ありがとうね」といつも独り言を言っていました。

御誕生寺の看板猫のレオとの出会い、そして別れ

そして、写真は御誕生寺の本やカレンダーの表紙になっていたレオです。

御誕生寺のレオ
レオ

レオには、毎日、腎臓病の点滴と、ガンの手術後の傷が治らず血が出てきてしまう耳を拭いてあげていました。2週間に一度は動物病院に診断に連れていっていました。

レオは、しだいに思うように食べられなくなって、食べられるエサを探してあげてあげたり、体を洗ってあげて、温かな日差しの日は表で散歩させてあげていました。レオは私によくなついてくれて甘えてくれました。

ある日、私がゲージにレオを入れようとしたとき、レオがまだゲージの外にいたそうにしました。もう少しいさせてあげようかなと思いつつ、私は法要の個人練習がしたくてゲージにレオを入れました。「レオ、お休み」と声をかけるとレオは私の顔を見ていました。猫小屋から出る私のこともレオは見ていました。

次に日、朝一番に見に行くと、レオは冷たくなっていました。

どうして、もう少しゲージの外で過ごさせてあげなかったのか、一緒にいてあげればよかった、最期を独りにしてしまったと、私は後悔に泣きくれました。昨日の晩、気になりながら、自分が法要の練習したい気持ちに流された…、そんな自分が情けなくて泣きました。

私が無事に僧堂での修行生活をできたのは、レオのおかげ、30匹以上の猫たちのおかげ。御誕生寺に導いてくれたチータのおかげ、チータ、ありがとう。猫たち、ありがとう。

そして、家に帰っても猫たち

生まれたときからチータと一緒に暮らしてきた娘。チータが亡くなり私が僧堂に入ると独りになってしまうので、入る前に捨て猫のボランティアさんから猫をもらい受けていました。

はじめはインターネットでキジトラを見つけて、その猫に会いに行きました。すると、その猫のきょうだいの黒猫がいました。「きょうだいを引き離して一匹ずつにするのはかわいそうだね」と娘となり、2匹とももらい受けました。

キジトラのサスケと黒猫のニッカ。

我が家の猫のサスケくんとニッカ

僧堂生活から帰ってきて家に入り、私は2匹に「サスケぇ、ニッカぁ」と声をかけました。そして私の部屋のドアを開けると、ん? 何かがいてベッドの下へ入っていきました。

娘に「何かいるよ」と言うと、「猫、ひろったぁ」とあっけらかんと娘。「は」と私は口をあんぐり。いつも通る道で子猫がいるとみかけて、何日か様子をみていても、その一匹だけでいて鳴いているから、ひろってきたとのことでした。

「名前は?」」とたずねると、「ムギ」との答え。名前もちゃんと決まっていました。このムギが、とても人なつっこくて、私が何かをしていると横に来てちょこんと座って見ていたり、肩にものぼってきて、かわいいこと、かわいいこと。

我が家のムギと私

なんとなく、チータがムギになって、また来てくれたように思うことがあります。

さて、3匹、家の中で自由きまま。追いかけ合って走り回るは、好き放題のところで眠るは。じゃれ合うことがエスカレートしてケンカをすることもあるれけれど、写真のように3匹で仲良くしていて、それを見て私も幸せ気分になります。

我が家の仲良しの猫たち

娘も、3匹がかわいくて幸せにしていて、それでまた私は幸せ。

猫たち、ありがとう、感謝なのです。

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