瑞雲信人プロフィール

瑞雲信人

カウンセラー、コーチンコーチ、本格的なマインドフルネス瞑想家の禅の雲水の瑞雲信人です。ずいうんしんじんと読みます。しんじんとお呼びください。

私の指針は、この四弘誓願(しくせいがん)、衆生無辺誓願度、煩悩無尽誓願断、法門無量誓願学、仏道無上誓願成です。

四弘誓願 衆生無辺誓願度"

私は寺の跡取りではなく、一般世間の経験を長くしてから禅の雲水になりました。様々な経験をしました。

子どもの頃から思うように生きられず、自分のこと、人間関係、生きることに悩み続けていました。過敏性腸症候だったりパニック障害になったり、社会人になってメニエールや難聴にもなり、離婚して4歳だった娘と二人暮らしで、鬱病になって、会社の経営を続けるか娘を育て続けるか二者択一になり、会社を閉め自己破産をしたこともあります。

娘には三食欠かさないようにしていましたが、自分は娘が残せば食べられるような状況になり、全財産が1万円をきったとき、研修講師になってほしいと声をかけてくださった人がいて、娘と二人、死なずに済みました。

こんな自分のままで娘を育てたら娘をだめにしてしまう、自分を変えたいと、心理学、カウンセリングを独学で学び始め、鬱病も自分で治す方法に気づき治しました。

少しずつ余裕ができるようになって、正式に学んでカウンセラーの資格をとりました。さらにコーチングのコーチの資格を取りました。自分の体験からも、人を助けたい、より良い人生になる手伝いをしたいという気持ちがありました。

レンタルのTSUTAYAを3店から全国に広げるなど全国的な事業開発や業務改善を成功させたり、年商60億円の部署を3年で5倍の300億円にしたり、起業して様々な業態の店舗を開発して成功させた中でつかんだノウハウ、一方で心の病気も体験して、カウンセリング、コーチングを自ら活かして立ち直ってきたノウハウなどが多くの人に喜んでいただけました。

そうしてカウンセラーとして、コーチングコーチとして、講師として、たくさんの人の良くなることをお手伝いさせていただきました。でも、延べ1万人以上の良くなる手伝いをしながら、私には不安や自己嫌悪になりがちな面は残っていました。意味もなく憂鬱になることもありました。イライラしがちな傾向もありました。

鬱病になる前からあった同じ後悔を思い出す、夢に見ることも続いていました。繰り返し同じ人との後悔の思いで終わる夢を見続けていました。

そんな私でした。でも、もっと人を助けたい、人々に安心して幸せに生きられるようになってほしい、そのために役立ちたいという気持ちが強くなって禅宗の坊主になりました。そうできる自分に自分をしっかり変えたいとも思いました。

10代から、坐禅をしたり、朝晩お経を気が遠くなるまで読んだり、お坊さんになりたいと思うところのあった私でした。冒頭でご紹介した四弘誓願(しくせんがん)の1行目、「衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがくど)」という言葉に、強くひかれて決心がつきました。

衆生無辺誓願度……生きとし生けるものをすべて救済するという誓い願い、私には生きとし生けるものを救うなんとことはできるはずもないけれど、心にしみます。衆生無辺誓願度、衆生無辺誓願度、衆生無辺誓願度……と繰り返していると、涙があふれてきます。

お坊さんになるには、無償に何より人のため、人を救い助けるという「利他」の心、菩提心というものを起こす必要があると言われますが、私の場合はそんな大それたものではありませんでした。

ただ私の心が悩んでいる人、苦しんでいる人、悲しんでいる人に共鳴する。そして、この衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがくど)がなんともいい。

曹洞宗元管長の板橋興宗禅師と面談できる機会に恵まれました。禅師様の前に座ると、禅師様は「不思議だなぁ、縁だなぁ」とニコニコと幾度もおっしゃり、私は得度していただけることになりました。

板橋興宗禅師と御誕生寺の猫たち

板橋禅師に得度していただいて、板橋禅師の元で修行させていただきました。禅師様とともに坐禅ができることは無上の喜びでした。

瑞雲信人の「瑞雲」は禅師様がつけてくださいました。めでたいことがおとずれる兆しの五色や紫の雲のことです。

さて、お寺を継ぐ有難いお話をいただいて悩むようになりました。私は修行して寺を持ち、寺を様々な人が普通にいつでも来れる場にして、苦悩している人の助け、人々が幸せになれるように役立っていきたいと考えていたのですが悩むようになりました。

寺を持つことへの執着心があるように感じたのです。そう感じてから自分の心の中の執着心を自問する日々が続きました。

そういう自分のまま寺を持つと、以前、全国的な事業開発や業務改善をしたり、自分でも会社をつくり様々な業態開発をしていた習性が強く現れて、そうしたことにまた生きるようになるのではないかとも思えました。

また、私は鬱病になったこともあります。自己破産したこともあります。食べることがようやく、娘に学用品も思うように買ってあげれず衣類はずっとリサイクルで買っていました。お金にとても苦労しました。私は社会的に器用でもありません。

そんな自分が、寺院の慣習、寺院同士、僧侶同士の関係などに適応することは難しいのではないかとも感じました。そんなようでは、継いでほしいと言ってくださってる住職にご迷惑なるとも思いました。

さらに、板橋禅師に私の前で他の人が私がお寺を持ちたいと考えていると言ったとき、板橋禅師がそれを聞かなかったようにスルーなさったことがありました。それは禅師様の寺を持つより私にはすることがあるよという私へのサインだったようにも感じました。

道元禅師、良寛さんのことを考えました。道元禅師の「学道用心集」などを線をひきながら幾度も読んだりしました。

そして、私はお寺を継ぐお話をお断りしました。

でも、寺を持たずにどのようにして進んでいったらいいのか……。場所もない、人はステイタスで人の価値を決めますから住職でない雲水など普通は相手にされないだろう…いろんなことが思い浮かんできました。

しだいに、仏教、お釈迦様のもともとは?と考えるようになりました。

急に、お釈迦様がなさっていたというヴィパッサナー瞑想が気になるようになりました。ヴィパッサナー瞑想がどういうものかも知らず「やる必要がある」という思いが日に日に強くなりました。ついに、しないではいられない気持ちになりました。

ヴィパッサナー瞑想を体験しました。体験の最中に、何十年も毎日のように繰り返し思い出し、夢にも見てきたある人への後悔のことが消えました。思い出さなくなりました、夢も見なくなりました。意識的に思い出しても平静な思い出に変わっていました。

体験から帰り、家でも続けていると、不安になること、自己嫌悪になること、憂鬱になることが少なくなってきました。イライラしがちな傾向がなくなり、怒るという感情がおきなくなりました。理屈ではない変化か私に起きました。

カウンセリングもコーチングも私を救うために役立ちました。鬱病を脱することにも役立ちました。禅も心を静め心身を整えることに役立ちました。そして私の場合は、その段階を経てヴィパッサナー瞑想に出会って根底から変わることが始まったように感じました。

本場のヴィパッサナー瞑想を体験したい、修行したい、修行する必要があるという思いが強くなりました。そのためにミャンマーに行こうと決めました。

ミャンマーでヴィパッサナー瞑想をすれば、実は、心地よい体験、心地よい変化があると思っていました。日本で体験した7日目に、体全体が優しい温かな光に包まれ、それが体の内部と外全体にどんどん広がり、ついには光に包まれて体がうきあがってしまう感覚を体験していたからです。

その思いは根底から崩されました。連日、ひじょうに強い痛みと後悔と付き合うことになりました。無力感に嗚咽した日もありました。潜在していた体の痛み、ネガティブな感情や記憶が次々に浮かび上がってきたのでした。私の場合は、本当に深い深いものを抱えていたようで、日本での体験で理屈ではない変化が起きたと思っていたのではまだまだ足りなかったのでした。

禅の坐禅と違って、本場のヴィパッサナー瞑想では、これらすべてを無視せずに気づき続けている必要があります、そのまま。そしてこのような、特に激痛は修行の友とも言われ、智慧を悟り得るのに最適な機会となります。

私はすべてが無常であること、その前での無力さ、一切は「苦」であることに、誰もいない瞑想ルームで嗚咽しました。それでもこうすることしかできないと、涙を流しながら歩く瞑想をしました。

肩から腕、首にわたってキリで刺されるような激痛は3週間続き、ずっと痛みの瞬間瞬間に気づき続けました。3週間後、私は痛みを観ていられる人、苦しみを観ていられる人になっていました。

地面に落ち跳ね上がる雨がストップモーションのように見えたり、真っ暗闇の中をゆっくりと進んでいたカタツムリの存在がわかったり、数十メートル離れたスピーカーが振動しているのが見え、音が空気を伝わってきて、耳の中に入り、音と認識するのをプロセスとして気づくようになったりもしました。

現象を瞬間瞬間のプロセスで観られる、気づけるようになったのです。自分の体の現象、心、感情や思考に一体化せず飲み込まれることなく、観ている……言葉で説明するのは難しいのですが。

次々に浮かび上がってきていたネガティブな記憶もすべて消えるか平静な記憶に置き換わりました。子ども頃からのすべてのネガティブな感情をともなう記憶が焼き尽くされたかのように消えました。

そうしている間に、いくつも洞察智もありましたが、ある日、瞑想であった状態をサヤドー大長老に報告すると「それは無我にいた」と言われました。言葉や感覚的には理解していましたが、無我の状態にいるようになれるとは思っていませんでしたがなれました。

私は、お釈迦様の教えの根本「一切皆苦」「諸法無常」「諸法無我」「因縁生起」を知識では知っていましたが、ミャンマーに来てヴィパッサナー瞑想をして、心身を通して経験して理解したのでした。

お釈迦様の説いた根本、苦集滅道(くじゅうめつどう)の四聖諦(ししょうたい)、その「道」の八正道(はっしょうどう)を生きることがいかに大事かも体験を通して理解しました。そして以前より自然にできるようになりました。

私は心底、毎日が平穏で、幸せを感じて生きられるようになりました。すべての感情を、たとえ少しのネガティブな感情が現れても、それを平静に観ていて、心は平安で静かで、その感情は去っていきます。

お釈迦様は「常に気づきを前面において生きなさい」とおっしゃいましたが、そういう状態になりました。ミャンマーから帰国すると、禅とヴィパッサナー瞑想を取り入れた瞑想がマインドフルネス瞑想と呼ばれて流行するようになっていましたが、私は常にマインドフルネスにいる人間になりました。

四弘誓願 衆生無辺誓願度"

ミャンマーでの修行で根本から変われたと言っても、お釈迦様が覚り伝えてくださった真理は深く、学び続け、終わりなく高めていくていく必要があります。四弘誓願の3行目、4行目、法門無量誓願学(ほうもんむりょうせいがんがく)、仏道無上誓願成(ぶつどうむじょうせいがくじょう)です。

私は、今の日本の仏教僧の既定路線から外れた一雲水です。

その私ができることは、ひたすら衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがくど)と、お釈迦様の説いた根本的なことを知ろうとして知り、お釈迦様の示してくださった、人が苦悩から抜け、正しくより良く生きる方法である八正道(はっしょうどう)を自分自身が実践して、人々にも伝えていくことです。

八正道の実践にはサマタ瞑想とヴィパッサナー瞑想、本来のマインドフルネス瞑想が重要です。八正道の正定と正念はサマタ瞑想とヴィパッサナー瞑想の実践が欠かせません。ですから、私はサマタ瞑想とヴィパッサナー瞑想を習得できるマインドフルネス瞑想を八正道とともに広めていきます。

私は思うように生きられず、うまく生きられず鬱病にもなった、同じように生きることに悩み苦しんでいる人がいる。私が通ってきた癒しの道、してきた方法のそれぞれも、根本から変われた方法も役立つはずです。

私のこれまで経験、いろいろな技術や意識改革の講師だったこと、事業開発や業務改善、会社経営をしていたことなど、カウンセラーやコーチングコーチであることも活かして、苦悩から抜け出したい、人生をより良くしたいと考えている人に役立っていきます。

これらの活動をしていくため、このサイトの瑞雲庵とブログを開設しました。そして近い将来、精進が進んで、無用に執着心を持つこともないようになり、資金もできたら、人々の救いの場となるようリアルな庵を持ちたいとも考えています。

よろしくお願いします。

生きとし生けるものが幸せでありますように

生きとし生けるものが苦しみから解放されますように

瑞雲信人

ライフコーチ相談 マルチなノウハウ・経験で悩みの解決支援

あなたが、自分を変えたい、人生を変えたいとき、人間関係や仕事、心の悩みなどを改善したいとき、成果のアップや目標や夢の実現をしたいとき、私の経験、ノウハウ・技術をすべて活かして親身になって相談にのり支援します。

本来のマインドフルネス瞑想を習得できるネット講座

悩み苦しみから解放される、日常・人生が変わる、メンタルタフネスになれる、幸せになれる本来のマインドフルネス瞑想を、しっかりできるようになれます。本物のマインドフルネス瞑想は、潜在意識、脳から自分を変えられます。

マインドフルネス瞑想の根本のヴィパッサナー瞑想を本場のミャンマーまで行って修行した禅僧の私が監修・製作し、個別指導サポートもします。いつでもどこでも学べるインターネット講座です。