慈悲の瞑想の取組み・効果に大事な元の【慈経】

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慈悲の瞑想に取組んでいると。大切なことが書かれているので、多く人は元の慈経(じきょう)に興味を持つようになります。

そして慈経を知ることは、慈悲の瞑想にしっかり取組めるようになるため、慈悲の瞑想の効果を暮らしの中で実質的に得られるようになるために大事なことを知ることになります。

まず慈経とは何か、何が大切と説かれているのかポイントをお話します。そして、2種類の日本語訳と原文を紹介します。

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慈悲の瞑想の元「慈経」とは

慈経は「Metta sutta(メッタ・スッタ)」と言い日本語に直訳すると「慈しみの経」。

スリランカやミャンマーなど南アジアのテーラワーダ・上座部仏教で、般若心経のように僧を始め一般の人々にも日々読まれている経です。

10の偈頌(げじゅ)でできている小さな経で、お釈迦様の言葉を記したと言われている『スッタニパータ』の第1章第8経として収められています。

義務、なすべきことを意味する「Karaṇīya(カラニーヤ)」をつけ「Karaṇīya mettha sutta(カラニーヤ メッタ スッタ)」とも呼ばれて

解脱に達することを望む者、解脱に達した者はいかに生きるべきか、人はいかに生きるべきかを説き、生きとし生けるものすべてに慈しみの心をもって生きよと説いています。

唱えるだけでなく実践が大事

そして経の内容のように、実際に慈しみをもって生きる者は、諸々の危難がなく、多大な功徳があると強調され、ただ唱えるだけでなく、説かれる内容を実現しようと努力することが重視されます。

慈悲の瞑想も同じです。元の慈経に書かれていることを日常で心がけ、あり方、言動とすることで、日々の暮らし、人生が良くなっていきます。

それはどんなことかと言うと

慈経そして慈悲の瞑想と共に実践する項目

経文を紹介する前に内容のポイントを先に説明すると

次のように実践する人は、邪見を乗り越えて、常に悪しきことから離れ、正見を得て、諸々の欲望に対する執着をなくして解脱を得ると書かれています。より良い人生を生きられるということです。

  • まっすぐ、しなやかに
  • 人の言葉をよく聞き、柔和で、高慢でないように
  • 足ることを知り、簡素に暮らし、諸々の感覚器官が落ち着いているように
  • 賢明で裏表なく
  • 智慧のある識者が批判するような過ちを犯さないように
  • どんな場合も、人をあざむいたり、軽んじたりしない
  • 怒鳴ったり、腹を立てたり、人の苦しみを望まない
  • すべての生命に対し無量の慈しみの心を育てる
  • 上に下に、周りに、いかなる生命に対しても、わだかまりのない、恨みのない、敵意のない心を育てる
  • どんなときも、慈悲の念をしっかり保つ   

慈悲の念を持つこと、慈悲の言動をすることの知識は次の関連記事のことが役立ちます。参考にしてください。

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また、慈悲の具体的な実践のしかたの参考は次の記事にあります。

慈経 原文と日本語訳

慈経 原文

慈経原文

カラニーヤ マッタクサレーナ ヤン タン サンタン パダン アビサメッチャ

慈経原文

サッコー ウジュー チャ スージュー チャ スワチョー チャッサ ムドゥ アナティマーニー

慈経原文

サントゥッサコー チャ スバロー チャ アッパ キッチョー チャ サッラフカ ヴッティ

慈経原文

サンティンドゥリョー チャ ニパコー チャ アッパ ガッボー クレース アナヌギッドー

慈経原文

ナ チャ クッダン サマーチャレー キンチ イェーナ ヴィンニュー パレ- ウパワディッユン

慈経原文

スキノー ワー ケーミノー ホントゥー サッベー サッター バワントゥ スキタッター

慈経の原文

イェー ケーチ パーナ ブータッティ タサー ワー ターワラー ワー アナワセーサー

慈経の原文

ディーガー ワー イェー マハンター ワー マッジマー ラッサカーヌカ トゥーラー

慈経の原文

ディッター ワー イェー ワ アッディッター イェー チャ デゥーレー ワサンティ アヴィデゥーレー

ブーター ワー サンバウェースィー ワー サッベー サッター バワントゥ スキタッター

慈経の原文

ナ パロー パラン ニクッベーター ナーティ マンニェータ カッタチナン カンチ

慈経の原文

ビャーローサナー パティガ サンニャー ナーンニャマンニャッサ ドゥッカ ミッチェッヤ

慈経の原文

マーター ヤターニヤン プッタン アーユサー エーカ プッタマヌラッケー

慈経の原文

エーワンピ サッバ ブーテース マーナサン バーワイェー アパリマーナン

慈経の原文

メッタン チャ サッバ ローカスミン マーナサン バーワイェー アパリマーナン

慈経の原文

ウッダン アドー チャ ティリヤン チャ アサンバーダン アベーラン アサパッタン

慈経の原文

ティッタン チャラン ニスィンノー ワー サヤーノー ワー ヤーワタッサ ヴィガタミッドー

エータン サティン アディッテェッヤ ブラフマメータン ヴィハーラン イダマーフ

慈経の原文

ディッティン チャ アヌパガンマ スィーラワー ダッサネーナ サンパンノー

カーメース ヴィネッヤゲーダン ナヒジャートゥ ガッバ セッヤン プナレーティー ティ

慈経の日本語訳

2種類の日本語訳を紹介します。

中村元氏の慈経の日本語訳

中村元_(哲学者)氏は、サンスクリット語・パーリ語に精通し、多くの初期仏教の仏典などの解説や翻訳の著書がある国際的な仏教学者です。

著書『ブッダの人と思想』から転載してご紹介します。

(以下転載)

究極の理想に通じた人が、この平安の境地に達してなすべきことは、次のとおりである。能力あり、真く、正しく、言葉やさしく、柔和で思いあがることのない者であらねばならぬ。


足ることを知り、わずかの食物で暮らし、雑務少なく、生活もまた簡素であり、もろもろの感官が静まり、高ぶることなく、もろもろの〔人の〕家で貪ることがない。


ほかの識者の非難を受けるような下劣な行ないを、決してしてはならない。一切の生きとし生けるものは、幸福であれ、安穏であれ、安楽であれ。


いかなる生物生類であっても、おびえているものでも強剛なものでも、ことごとく、長いものでも、大きなものでも、中くらいのものでも、短いものでも、微細なものでも、粗大なものでも。


目に見えるものでも、見えないものでも、遠くに住むものでも、近くに住むものでも、すでに生まれたものでも、これから生まれようと欲するものでも、一切の生きとし生けるものは、幸せであれ


なんびとも他人をあざむいてはならない。たといどこにあっても他人を軽んじてはならない。悩まそうとして怒りの想いをいだいて互いに他人に苦痛を与えることを望んではならない。


あたかも、母が己が独り子を命を賭けても護るように、そのように一切の生きとし生けるものどもに対しても、無量の〔慈しみの〕心を起こすべし。


また全世界に対して無量の慈しみの意を起こすべし。上に、下に、また横に、障害なく怨みなく敵意なき〔慈しみを行なうべし〕。


立ちつつも、歩みつつも、坐しつつも、臥しつつも、眠らないでいるかぎりは、この〔慈しみの〕心づかいをしっかりと保て。この世では、この状態を崇高な境地と呼ぶ。


もろもろの邪な(よこしまな)見解にとらわれず、戒を保ち、見るはたらきをそなえて、もろもろの欲望に関する貪りを除いた人は、決して再び母胎に宿ることがないであろう 。

スマナサーラ長老の日本語訳

アルボムッレ・スマナサーラ長老はスリランカの僧で、1980年に留学生として来日して駒澤大学大学院で道元の思想を研究し、1991年に再来日して日本に在住しています。

スマナサーラ長老の著書「ブッダの日常読誦経典」から転載してご紹介します。

(以下転載)

〔解脱という〕目的をよくわきまえた人が静かな場所へ行ってなすべきことがあります。何事にもすぐれ、しっかりしていて、まっすぐでしなやかなで、人の言葉をよく聞き、柔和で、高慢でない人になるように。


足ることを知り、手が掛からず、雑務少なく、簡素に暮らし、諸々の感覚器官が落ち着いていて、賢明で、裏表がなく、在家に執着しないように。


智慧のある識者たちが批判するような、どんな小さな過ちも犯さないように。幸福で平安でありますように。生きとし生けるものが幸せでありますように。


いかなる生命であろうともことごとく、動き回っているものでも、動き回らないものでも、長いものでも、大きなものでも、中くらいのものでも、短いものでも、微細なものでも、巨大なものでも。


見たことがあるものもないものも、遠くに住むものでも、近くに住むものでも、既に生まれているものも、卵など、これから生まれようとしているものも、生きとし生けるものが幸せでありますように。


どんな場合でも、ひとをあざむいたり、軽んじたりしてはいけません。怒鳴ったり、腹を立てたり、お互いにひとの苦しみを望んではいけません。


あたかも母が、たった一人の我が子を、命がけで守るように、そのようにすべての生命に対しても、無量の〔慈しみの〕心を育ててください。


慈しみの心を一切世間(すべての生命)に対して、限りなく育ててください。上に、下に、横(周り)に〔棲むいかなる生命に対して〕も、わだかまりのない、恨みのない、敵意のない心を育ててください。


立っている時も、歩いている時も、坐っている時も、あるいは横になっていても眠っていない限り、この〔慈悲の〕念をしっかり保ってください。これが梵天(崇高なもの)の生き方であると言われています。


このように〔実践する人は〕邪見を乗り越え、常に戒を保ち、正見を得て、諸々の欲望に対する執着をなくし、もう二度と母体に宿る(輪廻を繰り返す)ことはありません。

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